Chapter11(3/4ページ目)
その頃あの人は

クランチは、結局海岸に出ることに決めたようだった。

「ああ、そうさ。嫌なことも忘れさせてくれるからな――」

心なしか、目が爛々・・・というより、ギラギラと研ぎ澄まされた、悪の輝きが見え隠れしているような気がする。

「もう、いっそのこと、0からリスタートしたい・・・でも――」

でも、クランチの『0』なんてどこにあるのだろう。

自我を持ったとき。

洗脳されたとき。

洗脳が解けたとき。

どれも、『0』と言えなくはない。

と言うより、0=『無』をあらわすことにもなるかもしれない。

そんなことを思っている内に、クランチはビーチまで出てきてしまった。

辺りは静かで、波が砂浜をさするような音を立てている他は何も聞こえない。

きっと、ヤドカリや鳥は自分たちの寝床に入ったんだと思う。

(今日の俺の寝床は・・・この自然だな)

ずっと置きっぱなしになっているビーチチェアとパラソル。

あのビーチにいたら、いつクラッシュと鉢合わせするか分かったもんじゃない。

バツが悪すぎる。

だから、今日は今まで来たことの無い、この小さなビーチに足を運んでみたのだった。

ただ、クランチはある一点において、どうも気になることがあるらしい。

「――なんであのカニは引っくり返ってるんだ・・・?」

目に留まったのは、時折波に洗われながらずっと引っくり返って動かないカニだ。

「『クラムボンが死んだよ。』なんてな。誰かに殺られたのか・・・」

じっくり見ていると、頭のど真ん中に傷があるのが確認できた。

自分でぶつかっただけではこんな傷は出来ないと思った。

多分、誰かに頭をやられたんだと思う。

「何だか嫌なモン見ちまったなぁ・・・」

こんなことが起きた場所に居るのもなんだか気味が悪いけど、他にいい場所を見つける力――体力も、気力も、両方だ――が残っていなかった。

とりあえず、今はここで一夜を過ごすことにしよう。

前には穏やかな海、上には無限に広がるパノラマ、足元には死んだカニ。

最後の一点を除けば、ここは最高の場所だ。

そのパノラマを見ていると、悩みも吹っ飛びそう。

クランチは足元を見ないようにしながら横になり、星屑の空に想いを馳せてみた。

(俺って・・・恥ずかしがり屋さんだよな・・・自分で自分のことが恥ずかしく感じるぐらい――)

そのとき、どこからか人が叫ぶような声が聞こえた。

「でじゃぁ・・・でじゃぁ・・・でじゃぁ・・・」

その声は何回かこだまして消えた。

「うるさいなぁ――」

クランチはもう何も考えたくなかったから、声のことは考えず、素直に寝てしまうことに決めた。

ピカールの灯火はその場を優しく包み込んだ。

その雰囲気は、気持ちがズタズタになったクランチを回復してくれそうだ。

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最終更新日(10.06.01)
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