Chapter7
あれから数日が経った。
オムニトリックスが外部からの衝撃で不具合を起こし、ベンがグレイマターから戻れなくなり、喧嘩をし、
アニモ博士の試作品626号をなだめてから数日が経った。
ベンとグウェンには、この数日間はあっという間に過ぎてしまった気がしていた。
二人は、試作品626号が今どうしているかが気になって仕方がなかった。
天気はまさに夏の青々とした、水を撒いたような空模様だが、二人の気分はそんなものじゃなくて、心配でいっぱいだったのだ。
あの後、試作品626号は精神不安定な状態が続き、暫く苦しそうに悩んでいた。
ベンとグウェンは、そんな彼を何とか励ました。
そして、三人は互いに和解したのだ。
つまり、またベンとグウェンの仲は元に戻ったのだ。
試作品626号も、アニモ博士にはもう従わない、と言って、二人と和解した――まさに、昨日の敵は今日の友、と言った感じだった(実際は一時間と経っていないが)。
その後、彼がどうしたのかは分からない。
素直に帰ったか、心機一転して新しい暮らしを始めたのか・・・
「まさか、一人ぼっちなのに耐えられずに・・・」
グウェンがうつむきながら言った。
「そ・・・そんな縁起のないこと言うなよっ!」
ベンは強く言い返した。
自分と同じ姿のヤツが、死体として発見されたらたまったもんじゃない。
もし、そんなことになったら、学校に戻れない。
『ギャー、ベンの幽霊・・・やだ、来ないで、助けて・・・』
『おお、ベンが生き返ったQ何なんだ、お前は・・・キリストか?』
・・・。
こんなことになるのがオチだとベンは思った。
(ちゃんとボクは生きてます!というか、『ベンの幽霊』って・・・いつからボクはゴーストフリークになってんだよ、思い出したくもないのに・・・)
「ベン、しっかりしなさい、ほら、ワイルドマットみたいにヨダレが垂れてるよ」
ベンはハッとして、ピッチリとフィットしている服の袖でヨダレを拭いた。
今日は、グウェンよりベンのほうが一人考えこんでいるようだ。
「とにかく、私は気になるんだ。あの子が今どうしているか」
グウェンは、自分を連れ去ろうとした奴とはいえ、あんな姿を見た後では心配で仕方がなかったのだ。
「ボクもちょっと気になってはいるんだ。ねえ、今からあの場所に行ってみようよ、何か分かるかもしれない」
「さすがはグレイマター、なんてね。私もそのつもりだったんだ」
ベンとグウェンはまた馬が合っていた。
また崩れなければいいが・・・
二人は、また森に向かっていた。
今日はこの前とは違い、辺りはとても賑やかな感じだ。
動物たちは歓迎するように鳴く。
心地よいそよ風は木の葉をざわざわさせ、新しい始まりを告げるようだ。
これが悪いことの前触れだとは到底思えなかった。
「だって、こんな良い気分でいるときに悪い知らせなんて聞きたくはないでしょ、ベン・・・ジャミン」
「・・・。そうだな、グウェンドリン」
互いに本名で呼びあうとはどうしたものだろう。
きっと、まだうまく合わない部分があるのかもしれない。
もしかしたら、あえて刺々しく言いたかったのかも知れない。
暫くして、ベンは唐突に言い出した。
「あのさ、グウェン・・・ボクちょっと思ったんだけど――」
グウェンがすぐに反応した。
「――グレイマターのままでもいい気がしてきた、なんて言うんじゃないでしょうね」
「・・・言われちゃった・・・」
「やっぱりそうなの?何で今になってそんなことを言うの?今までのは全部、芝居だったの、ねぇ・・・」
「え、そんなつもりじゃないのに・・・ただ、もう諦める他ないような気がするんだ。考えても考えても元に戻る方法は分からなかったじゃないか」
グウェンは黙ってベンの言い分を聞いていた。
ベンはそのまま話し続ける。
「じいちゃんは言っていただろう、『みんなそれぞれ、いいところがある』って・・・グレイマターのままでもうまくやっていける、きっと」
今のベンは、決意で満ち溢れているようだ。
迷いだってない。
なかなかかっこ良く見えた、が、グウェンは複雑な表情を浮かべる。
「ベン、そんなのはあんたらしくないよ。そんな気がする」
「じゃあ、じいちゃんの言葉はどういう意味なんだ」
「・・・やっぱり、ベンはベンでいないと駄目なんだよ・・・私、あんたがずっとグレイマターでいるなんてことは考えられない」
「・・・そう」
ベンはそっけなく返事をしたが、内心ではかなり決心が揺らいでいた。
グウェンの意見は、何か理がかなっているような気がしたのだ。
(でも、本当にどうすれば戻れるんだろう・・・)と悩んでしまう。
(まあいいや。後でじっくり考えられるし)
と、相変わらず楽天的な性格なおかげで、このことはそれほど気にせずに、またグウェンと歩き出したのだった。
「グウェン、何もないじゃないか。これじゃ行き損だよ」
「あんたが先に提案したんでしょ、私はそれに同意しただけ」
「もういいよ、全部ボクのせい、これでいいさ・・・」
「ちょっと・・・そこまでネガティブにならなくても・・・あっ、あそこ見てよ。木の枝のとこ」
ベンは、グウェンが気をそらそうとして言っているのかと思ったが、実際に何か挟まっていたので少し驚いたようだった。
「手紙・・・かな?あれは」
「多分ね。ベン、取ってきてくれる?お願い、私じゃあんな高いところには手が届かないよ」
確かに、とても高いところに紙が結んであった。
よほど木登りが得意でないと危険だろう。
「う〜ん、仕方ないなあ、取ってきてやるか」
「上から目線・・・まあ気にしない気にしない。よろしくね、ヤモリちゃん」
「ヤモリじゃない、グレイマターだし、フン・・・」
グウェンは、こうやってうまくベンを利用するのが得意だ。
今回は、あえて怒らせて手紙を取らせたのだ。
「ふう、やっと地面についた。こんなスリルいっぱいの夏休みもいいけど、この体じゃあなあ」
「あれ、やっぱり戻りたいんじゃない」
「別にそういう意味で言った訳じゃ・・・」
「もう、グレイマターになっても根はベンなんだからー。でも、いつもの間抜け面のほうがやっぱりいいなぁ、そうじゃない、ねぇ、ベン?そう思わない?」
「・・・もうこのことは言うな、それより、早く読んでみようよ」
手紙は無造作に折り畳まれていた。
グウェンがその手紙を取り、広げる。
ベンは、グウェンの肩の上に登った。
「『俺様のトモダチへ』?何だか随分とでかい態度だな。高飛車ってヤツだね」
「でも、誰かさんは自信過剰じゃない、『このウォッチがあれば恐いものなしだ』とか言って」
「それとこれは関係ないだろ、早く読もう」
二人は、手紙を頭の中で読み進めていった。
割と読みやすい字にはびっくりした。
試作品626号は、意外にも達筆だったのだ。
『俺様のことを心配してくれたから、これを読んでいるんだろうな。
だとしたら、とっても、とっても嬉しいんだな。
初めての友達なんだもんな。
あのことは、本当に感謝している。
きっと、俺様が今どうしているかを知りたいんだよな。
俺様は生きる自信がついたような気がするんだな。
だから、今は頑張って一人で暮らしているんだな。
もう少ししたら、どこかの家で使ってもらおうかと思うんだな。
大丈夫、ベンとは無関係になるようにしているからな。
とにかく、お前達のお陰で、俺様の命は救われたんだな。
ところで、ベンが困っていると聞いたが、そういう優しさがあるならきっと大丈夫だ、お前達に、不幸は似合わないんだな。
試作品626号』
「・・・だって」
「うん・・・しっかりしているみたいね。安心したよ」
試作品626号は、二人が想像していたのとは逆で、しっかりやっていこうと決めたようだった。
しかも、これからどうしたいかまでちゃんと決めていた。
そして、ベン達へのエールまで。
二人は、この期待に応えないわけにはいかなかった。
「ベン、あの子だってしっかりやっているんだから、私達も、もう少し頑張ってみようよ」
「確かに、ボクが間違っていたかも・・・もう一度、いや、絶対に、頑張って、元に、戻る」
「うん、その意気だぞ、二人とも」
二人は、新しい声の出現に驚いた。
「じいちゃん!」
「おじいちゃんじゃない、どうして此処が?」
「二人でいつも何処かに行っているじゃないか、ちょっと心配になったからな。
此処で何かあったみたいだが、きっと運命だ。ベンがグレイマターになったのもそうかもしれない。でも、運命なら変えることができる、都合良くな」
ベンは、自分のことを心配してくれている人がこんなにいたことに、本当に驚いて、そして嬉しかった。
(ボクって・・・)
「さあ、もう戻ろう。ずっとここにいて根っこでも生やすつもりか?」