入口 >> トップページ >> 小説 >> クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆 >> Chapter 18
クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
◆
Chapter 18 北の研究所
コルテックスは、とある港に潜水艦を停泊させた。
「さて、これからどうするんだっけな・・・」
地図を出す。
あまり来ない――寄りたくない――ところだったから、この辺の地理には大して博していなかった。
地図を広げて、今いるところを探した。
「あぁ、ここか。それじゃあ、ここからこう行って――」
内陸へと指で地図をなぞり、その指を目が追っていく。
そして、どうやら見つけたようだ。
「あぁ、あったぞ、こんな僻地に造りよって、まったく」
地図の何もない森の一点に丸印を付けた。
地図を白衣にしまって、身支度を整え始めた。
コルテックスは、出掛けるときも白衣のままだ。
というか、出掛ける用事があったとしても、その行き先は研究所だとか胡散臭い集まりだとか、そういったところだ。
白衣でない服装だったら、むしろ浮いている。
今回の行き先も、また同じような場所だった。
「さてと・・・行きますかっ」
そこは北半球、この季節はそれなりに寒い。
コルテックスは外套をはおり、冷たい風の吹く港に足を下ろした。
辺りを見渡すと、なんだか寂しい。
小さな湊町にあるような、こじんまりした漁港。
そろそろ昼時だから、漁船はとっくに漁から戻り、市場も終わっている。
とにかく殺風景だ。
「ああぁ、寒さが芯まで突き刺さってうくるな・・・」
陸の乗り物を持ってこなかったのは失敗だった。
何か良いものを見つけて、目的地に急ぎたい。
市場の建物の陰に行こうとしたとき、一段と強い風が海から吹いてきた。
コルテックスは外套をキュッとしめ、陰へと急いだ。
「ふぅ、こんなに寒いとたまらんわい、、、」
陰に着くなりコルテックスはこぼした。
誰だって、極端な気候は好きじゃない。
コルテックスは辺りをキョロキョロした。
すると。
「・・・おっ、あれは――」
古い日本の車だ。
結構前に輸入して、ずっと使っているのだろう、荷台の斑点のようなサビがそれを物語っている。
潮風が吹き付けるから、塗装が徐々に剥げてくるのだ。
それは、トラックタイプの黄色い三輪車。
なるほど、小さい港なら、こういった小さなトラックのほうが足が良く回るだろう。
「よし、それじゃあ・・・ちょっくら拝借させてもらおうか」
馬力は高くなさそうだが、何も手段が無い今は使わない手なんて無い。
有り難く使わせてもらうことにした。
中を覗くと、結構狭い。
三輪トラックの持ち主が自分で取り付けたらしい暖房が、操縦室のスペースの殆どを占拠している。
デカい頭がドアのところで突っかかる――何とか入れた。
コルテックスは万能カギでエンジンをかけてみた。
・・・。
・・・。
「あれっ、おかしいな・・・」
もう一度、またもう一度。
・・・。
・・・。
ダメだ。
「こりゃ・・・キーのシリアルが必要だってことか?」
どうも、オリジナルのキーでしか反応してくれないらしい。
古いが、日本車だけあってセキュリティはしっかりしている。
「だがっ! 悪の天才の天才にかかれば、こんなもの――」
おや、どうするんですか、天才を二つも重ねて。
「黙ってろ! 見ておれ、ここをこーしてあーして・・・」
クラッシュにさえ勝てないコルテックスは、セキュリティをどんどん解除していく。
まるで魔法のようだ。
「おい、さっきから癪にさわることばかり言って、何様のつもりだ?イライラして集中できん」
それは失礼、ではしばらく毒っ気は抜きましょう。
さて、コルテックスはものの数分でエンジンをかけることに成功した。
とりあえず暖房を付ける。
凍えた身体に温もりが当たる。
寒い地方だから、少しエンジンを暖めないといけない。
馬力の低いトラックだから尚更だ。
コルテックスはニュートラルでエンジンを吹かしながら遊び、暖まるまでの時間を潰した。
「♪ブ〜イブイ飛ばすぜぃ〜、三輪トラックにぃ〜乗おってぇ〜〜〜」
変な歌を歌っているうちに、エンジンも調子良くなってきた。
「さぁ、行くぞ、待ってろよ」
アクセルを踏んだ。
三輪トラックはゆっくりと動き始めた。
心なしか動きに不安があるけど、歩くよりはずっとマシだ。
寒いし時間はかかるし、そんな歩きに比べたらずっと楽だ。
コルテックスは内陸へと急いで向かう。
細いトルク音が甲高く辺りに響く。
ただっ広い真っ白な雪原を、機械の黄色いキツネが駆けている。
キツネはそのまま森へと入り、甲高いトルク音もやがて森の中に消えていった。
コルテックスは森で幾らか走らせると、キツネを停めた。
「さて、そろそろかな・・・」
そう言いながら徐に光線銃を取り出した。
エネルギーは十分にある。
充填する必要は無さそうだ。
確かめると、服の中にしまう。
光線銃のエネルギーが仄かに温かい。
カイロ代わりに使える。
もう一度外套をはおり直し、コルテックスはキツネから降りた。
辺りは結構静かだ。
雪の上を足で踏む「サクッ」とか「ザッ」とかいう音しかしない。
森はこれから来るであろう春を待ちわびて、じっとしているのだ。
これを過ぎれば、暖かい春がやって来る。
コルテックスは、期待と不安の両方の気持ちを包容しつつ歩き始めた。
この先にいるのか?
協力は得られるか?
それとも・・・?
どんどん進むと、やがて白と灰色の中に新しい色が見えてきた。
思えば、辺りの雪もだんだん無くなってきて、緑になって――草が元気に生えて――いる。
そして、その地帯の中央には、背の高い建物がある。
(ただ、コルテックス城ほどではない)
天辺はアンテナのようになっていて、その辺りの空間が少し歪んでいるようだ。
「・・・この辺の時間を操作しているな」
コルテックスはアンテナを見ながら呟いた。
そして、一先ず外套を脱いだ。
こんなところでは、暑くて着ていられない。
外套を脱げば、春の朗らかな陽気が、楽しげに体をつついてくる。
心なしか、気分も高揚してくるような気がする。
ただ、心の芯まで高揚しなかった。
いや、してはいけない。
・・・でも、会えるのならば――
ここにいるはずなんだ。
それは間違いない。
コルテックスは、中々前に足を進めることが出来なかった。
時間が焦れったく過ぎていく。
いや、操作されている。
周りの「操作されていない」空間の雪は、まるでポスターのように止まっている。
(自分のいる場所は、時間が早く過ぎているんだ)
コルテックスは悟った。
どうやら、時間を十分に取って・・・
「紳士に――」
コルテックスが呟く。
その目は、建物の出入口を油断無く睨んでいる。
「――エレガントに、話し合おうじゃありませんか、ドクター・コルテックス?」
その目線の先に、一人の男が現れた。
細身ですらっとした体型。
でも、何か身に付けているようで肩のあたりが大きく見える。
顔は真っ青で、どこかの星人を思い起こす。
気取った足取りで、真っ直ぐにコルテックスのところへ向かう。
いつもの、時計だらけのウェアー。
エヌ・トロピーの登場だ。
コルテックスは、懐に手を入れた。
指先で、ほんのりと温かいトリガーを探る。
「トロピー、貴様・・・!」
「ウェイト! ここでプラズマ銃を使うのはノンノンね、ワタシが許しませんよ」
エヌ・トロピーは片手を突き出し、コルテックスに制止を要求した。
「あぁ、少なくとも、今すぐに使うつもりはないわ、その口から聞き出すまではな」
コルテックスは、プラズマ光線銃を握っていた手を放し、懐から出した。
トロピーはコルテックスに近付き、手を差し出した。
「ともかく、お久し振りです、ドクター。まずはミーのラボにインしましょう」
トロピーは少し屈み、コルテックスは背伸びをして握手を交わした。
コルテックスは極端に背が低いし、トロピーは逆に高い。
まるで親子だ、奇妙な姿だが。
この二人と言えば、同じ目的を持つ、つまり対立関係だ。
二人ともウカウカの下に着き、世界制服をしようと日進月歩で研究を続ける。
コルテックスが科学者とすれば、トロピーは物理学者と言えばいいだろうか。
時間の研究に勤しむ彼は、時間をある程度操れる。
今だって、辺りの時間を春にして、その状態で他の時間を止めている。
タイムワープを使えば、時間も場所も簡単に移動できる。
(ただ、この分野では何回か失敗している)
異次元との繋がりも発見し、エヌ・トランスという催眠術師を手下にしている。
こんな数々の経験あってか、ウカウカの信頼をコルテックスよりは得ているらしい。
形式的な地位はコルテックスのほうが上だが、実質的な地位はほぼ対等だ。
トロピーもそのつもりでいて、コルテックスに従うこともあるが、上の存在としては見ていない。
だから、ひれ伏すようなことはしないし、歯向かえるものなら歯向かうかもしれない。
云わば「ライバル」に近い存在だから。
それでも、互いの才能――コルテックスの意地悪さと武器開発力、トロピーのスマートさと速度・時間物理力――は自分で補完出来ないから、協力するときはする。
ただ単純に、仲が悪い、と言うのが一番しっくりと来る。
そんな関係にある二人が、トロピーの研究所に消えていった。
研究所の周りは時間操作によって暖かく、さらに外側は時間が殆ど止まっている(ように見える)。
一見のどかであるが、奇妙な光景だ。
嵐の前にある静寂だ。
「ワシがココに来た理由は分かるか?」
二人は研究所の応接部屋で、長テーブルを挟んで向かい合って座っている。
二人の対話だから、勿論長辺で向かい合って座っている。
短辺で向かい合っていたら、遠すぎるわ人がいないわでバカバカしい。
もっとも、二人だけの対話で長テーブルを使うのもバカバカしいが・・・
トロピーは自分で紅茶を淹れ、コルテックスにも渡した。
スコーンにジャム、クリームもセットだ。
スコーンの狼の口がパックリ開いていて美味しそうである。
こんな形式的な雰囲気を整えるのがトロピー流だった。
自分のところに来てくれた客人なのだから、それ相応の待遇は忘れない。
コルテックスは椅子に座り(椅子の足が高かったので、座るのに少し苦労した)、トロピーがティーセットの準備を終えるや否や口を開いたのだった。
『分かるか?』という口調からして、待ち時間にイライラしていたのは明白である。
「ワシがココに来た理由は分かるか?」
もう一度同じことを言った。
大事なことだったから。
エヌ・トロピーはイライラした素振りのコルテックスをよそに、落ち着いて応対した。
「勿論、オルモスト(almost、大体)察しはついていますね、えぇ」
「じゃあ・・・」
「彼はまだミーのラボにステイしていますよ」
「そうか、、、良かった」
コルテックスは、一瞬安堵の表情を浮かべた。
しかし。
「シャラップ! 良くありません!」
エヌ・トロピーが珍しく説得口調で強く言った。
「もそもそ・・・じゃなかった、失礼――そもそも、ドクター・エヌ・ジンはどうしてここにヴィジットしてきたのですか?」
「・・・」
「まったく、ホワイな事ね、アンビリーバブルよ」
「前にも言った、ワシは悪くない、アイツが余計な口出しをするからだ」
「・・・とかなんとか言いながらも、ユーはミーのラボにヴィジットしてきました。本当はミート(meet、会う)したいのでしょう?」
「ワシは安否が気になっただけだ」
コルテックスはそう言った。
「なら、単純にミーにコールするだけで良かったのでは? ミーが意地悪をして何も教えないとでも思っていました?」
・・・。
・・・。
「分かりました、連れてきましょうか?」
暫くの間の後、エヌ・トロピーは口を開いた。
「どうせなら、早く物事を済ませてしまったほうが楽でしょう」
「・・・そうだな、頼もうか――」
コルテックスはゆっくりと口を開いた。
部屋の片隅にある、何だか分からないような機械が不規則にカタコトと音を立てている。
一方では、窓際に置かれた歯車仕掛けの機械が規則的な音を立て続けている。
そのふたつの音は中々噛み合わなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
コルテックスはトロピーを静止させた。
「なんです、博士?」
トロピーの声は若干イライラが混じっているように聞こえる。
「やっぱり、気持ちの整理がついてから会いたい。――今はちょっと・・・」
コルテックスが恥じるように最後の言葉を呟いた。
エヌ・トロピーはコルテックスの方をチラリと見た。
窓際の機械をじっと見つめている。
「・・・ユーがそう望むなら」
エヌ・トロピーはそう言うと、そのまま奥の部屋に行ってしまった。
コルテックスは扉が閉まる音を聞いた途端に、目の前にあった紅茶を一気飲みした。
額のNマークの上には、冷や汗がタラタラ垂れていた。
ここに来る前、自分自身でこう考えていた。
この先にいるのか?
協力は得られるか?
それとも・・・?
1つ目は正しかった、2つ目も正しかった。
そして3つ目も正しかった・・・なって欲しくは無かったが自分でそうしてしまった。
コルテックスの頭の中では、歯車が上手くかみ合っていないようだ。