入口 >> トップページ >> 小説 >> クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆 >> Chapter 16
クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
「調子はどうなの、ブリオ?」
小さな女の子は、細長い頭にボルトの刺さっている男に問いかける。
「はぃ、そりゃもう順調です〜、ヒィッヒッヒッ」
二人の目の前には、悪の化学の結晶がどす黒く輝いている。
◆
Chapter 16 ブリオの化学研究
計算。
調合。
薬剤投与。
そしてレポート。
「・・・こうすればアドレナリンが異常に上昇して、面白いことになりますねぇ〜」
笑い、ウキウキしながら恐ろしいことを言うのは本当に不気味だ。
ただ、このときのブリオが才能で輝いていることもまた事実だった。
そして今、目の前で実験は最終段階に入ろうとしている。
「これ、まだ完成しないの?」
ニーナはブリオに焦れったそうなイライラ声で尋ねた。
彼女が見た感じ、それはもう完成しているように見えた。
・・・というより、変化があまり無くて、ブリオがちゃんと仕事をしているのかと訝っていたのだ。
実は何にも出来ていないんじゃないか。
でなければ、完成していても、完成宣言を渋っているんじゃないか。
ニーナは、ブリオに対してこんな懐疑の念を抱いていた。
ただ、ブリオが言うには大丈夫とのことだった。
「・・・フン」
ニーナが聞こえよがしに鼻息を荒くした。
ブリオは一瞬だけ作業の手を止めたが、振り向くこともなく薬剤の調合作業に戻った。
・・・。
「・・・どうかしましたか、ニーナ様?」
ブリオは、やはり振り向かずに唐突に切り出した。
過去に一度裏切った相手の姪っ子とは言え、権威上はコルテックス一族のほうが上だったので、敬称をつけるのは忘れなかった。
「ブリオ・・・あんた、本当にあたいに協力する気があんの? そのようにはさっぱり見えないけど」
「失敬な! ワタシがそんなことを思うとでも?」
「あら、前科はあるじゃない」
「あれは・・・」
「ほら、やっぱり」
「ヒィィッ、そっ、それは過去の話ですっ」
「だから事実なんでしょ」
「第一、今はあのときほど敵対していません!」
「だったら――」
ニーナはフラスコのひとつを取り上げた。
そしてもうひとつ。
ひとつは緑、ひとつは黄色。
緑の液体は、心なしかうごめいているようにも見えて、気持ちが悪い。
「――これ、今は必要ないんじゃない?」
「・・・」
「あたいだって少しは分かるんだから。これ、相手を攻撃するスライムよね」
「・・・勝手にいじらないで下さい」
ブリオは静かに、妙に落ち着いた声で言った。
「あたいが頼んだのは、このバンディクーの洗脳と改造よ、武器なんて頼んでない」
「それ以上口答えしたら――」
「『そのスライムをけしかけますよ』?」
「一応申し上げておきますが、既にその液体にはワタシの心をフィードバックさせてありますからね・・・」
「あら、でもこんなんであたいを止められるとでも思っているわけ?」
ニーナはバカにするような声で言った。
実際、言葉にはかなりトゲがあった。
一方、ブリオは一寸とも怯む気配がない。
「そしたら、最後の手段を使うまでですよ・・・」
白衣から、深緑の液体が入ったフラスコを覗かせた。
何故か『護身用』という紙が貼り付けられている。
ニーナは眉を片方だけひそめた。
「それ・・・何?」
「ワタシのブラックボックス技術ですよ」
「ところで、ちゃんとやってくれるの、くれないの?」
ニーナはブリオに詰問する。
「わ、分かってますよ、もう・・・」
「早くしないと、バラすよ・・・?」
「何を?」
ブリオが少し怯んだ。
「バラすって言ったら、あのことしか無いでしょ」
「!・・・どこで聞いたのですか?!」
「風の噂だって(・・・本当はただ脅してるだけ♪)」
「うぅ、分かりましたよ・・・そこに黒い液体が入っているフラスコがあります・・・」
ブリオは急に元のひ弱な印象に戻って、ニーナにフラスコを取るよう頼んだ。
「・・・はい、今度は何の液体なのさ」
フラスコをぶっきらぼうに渡すニーナの言葉もぶっきらぼうだ。
「黒と言うのは、いわば悪の象徴のようなものです」
ブリオは静かに語り始める。
「黒は何色をも支配してしまいます。例えば・・・」
ブリオは幾つかのフラスコを取った。
「ここに、赤、青、黄色の薬品があります、これらは、これから使う黒い薬品の元になっているんですよ、ヒヒヒッ・・・」
「これらを正しい配分と順番で化合させると・・・」
ブリオは、手慣れた手付きで調合を進める。
すると薬品は、ニーナに取らせた黒の薬品と瓜二つになった。
「――どうです、黒は何者をも支配する、そして誰しもが黒になりうるのですよ」
「白はどうなのさ」
ニーナが聞いた。
「白と黒は対立の関係、しかし・・・」
「?」
「絶妙なバランスで組み合わさったとき、それらは中和されるのです」
「それじゃ、悪も何も無いじゃない! 黒は絶対じゃないの?」
ニーナはさらに聞いた。
だが、ブリオはこう答えた。
「・・・人のやることに絶対なんていうもんは無いんですよ」
・・・。
「さあ、そろそろお話はやめにしましょう。そこのデビルさん・・・」
スウィーティは、報酬をもらいたくてずっとそこにいたのだ。
というより、もらえなかったらブリオを傷つけるつもりでいた。
この実験が出来たのは自分のお陰なのだ。
ご褒美が何もないことは考えられなかった。
スウィーティは待ってましたとばかりにブリオに歩み寄った。
ブリオは、緑の白衣の懐から封筒を取り出した。
「ほれ、これをあげるから出ていきなさい」
「・・・ありがと・・・」
スウィーティは、「なんか釈然としないなぁ」とか思いながら封筒を受け取った。
期待通りのはずだけど、なんかすっきりしない。
「報酬ってこれだけ?」
「何か不満でも?」
「だってさー、そもそもアイツを捕まえたのは私のお陰なんだからね」
「・・・」
「この良く分からない実験も実現しなかったんだから・・・」
「ただ、まだ完全に終えたわけでもありませんしねぇ・・・実際に結果を残したら、そのときは考えましょう」
「――すっぽかしたら、覚えてなさいよね」
「ヒッ・・・お、脅しなんかでビビるワタクシなんかじゃ無いです・・・ょ」
思いっきりビビっている。
スウィーティはそのままラボを出ていった。
ブリオは内心ホッとしながらニーナのところに戻った。
「さて・・・そろそろ始めますよ、ヒェッヒェッヒェッ・・・」
ブリオの笑いの奇妙さは特筆ものだ。
「ブリオ、アイツは敢えて外に出したの?」
ニーナはブリオに尋ねた。
ブリオは少しキョトンとしたようにニーナのほうを向いた。
「えっ?」
「いや、だってさ・・・このタイミングで外に出すなら、何かしら訳があるでしょ」
「ただ怖かったから出しただけですよ・・・これで満足出来ましたか」
ブリオは若干イライラしているようだ。
「ブリオ、あの子はあまりほったらかしにすべきじゃないからね」
「はいっ?」
「あの子はあんたにイライラしてるよ」
「何でそんなこと思うんです?」
「そうね、自分の都合が良くなるほうに動いている、って言えばいいかな」
「・・・なら、早いとこ計画を進めましょう」
ブリオは黒い薬品を取り上げ、実験台の元に向かおうとした。
「そういえば、なんであなたまでワタクシのラボに?」
ブリオがそう聞くと、ニーナは若干間を置いて答えた。
「――おじさんに愛想尽きちゃったからよ、なんか文句でもあんの?」
「べっ、別にそんなこと・・・」
ブリオはタジタジとうろたえる。
「大体、おじさんは考えが古いの。だからいつまで経っても野望が叶わないのよ」
「あなたも自分の状況が良くなる方向に『逃げ』ますよね」
ブリオはニーナにそう言った。
「――あんたもね」
ニーナは言い返す。
「あっ、悪の科学者はですねぇ、ルールなんて気にしないのですっ!」
「・・・」
ブリオは反論した。
顔には珍しく赤みが差している。
「・・・ということは――」
ニーナは間を置いて言葉を続ける。
彼女の表情は、共通の心境を持つもの同士の、あの興奮したような感じになっている。
「――あたいは着実に悪の道を進んでいる、って訳ね」
「まぁ、そうとも言えましょうね、えぇ」
ブリオの返事はそっけない。
どうでもいいと感じているか、もしくは恐れているか、あるいは見下しているのか。
ブリオに関しては、見下すなんてことは殆ど無いと思う。
そうでなかったら、つまり見下すなんてことはしないのだから、自分の力だけで世界征服をしようなんて思いもしないのが当然だろう。
ブリオは、常に誰かの影に――安泰になるような影に――身を置く。
ずっと昔、ブリオはコルテックスと、共通の野望を持つもの同士で手を組んでいた。
とは言っても、対等の関係ではなく、寧ろこき使われるような印象ではあったが。
ところが、ブリオはあるとき、コルテックスとの同盟(?)を断ち切ったのだ。
そのきっかけを作り出したのが、他でもない、クラッシュであった。
コルテックスは焦っていたせいで、洗脳装置が不完全なまま、クラッシュに洗脳を浴びせてしまった。
これが、コルテックス博士の人生で一番の失敗に違いないだろう。
クラッシュは命からがら逃げ出し――実際には命ではなく、意識(自我)を奪われそうになったのだが――そして・・・
「クラッシュさんは恋人を助け出すために戻ってきたのです! なんと感動的な話ではないですか、ねぇ?」
ブリオは一人妄想に浸かっている。
「もしもーし」
ニーナがイライラしながらブリオに呼び掛けた。
「はぃ?」
「いつになったら、その薬は完成するのよ、さっきからずっと脱線してるじゃない」
「あっ、・・・えぇ、そうですね・・・少し脱線し過ぎたかもしれません、そろそろ最後の段階に取りかかりましょう」
ブリオは棚から温度計を持ってきた。
そして、先程の黒い液体を軽く混ぜながら温度を測る。
「?」
「この薬品は、混ぜていくとどんどん発熱します」
混ぜている間にも、温度計はどんどん高い値を示していく。
「するとですね・・・」
液体は、段々粘りっこくなってきたようだ。
はじめはかきまぜるガラス棒に合わせて液体が波を立てて踊っていたが、今は疲れたようにドロドロになっている。
材質というか、成分が変化しているようだ。
変わらないのは、黒いということぐらいか。
まるで、小さなタール坑だ。
「・・・ふぅ、この辺ですかね・・・」
ブリオはかき混ぜるのを止めた。
「ちょっと、それを取ってくれませんかね――褐色瓶の横の――そう、それです――これを加えましょう・・・」
ブリオは、ニーナに取らせた白い粉状のものを加えた。
なんとなく、ブリオが童話の魔女とか、魔法使いのように見える。
ひ弱な魔法使い。
魔法の粉・・・ではなく、白い粉末を加えた。
すると、大鍋・・・ではなく、フラスコの中の液体はゴボゴボと鈍い音を出しながら泡を立て始めた。
そして化学の魔法使いは笑う。
「さあ、これが冷めればいよいよ完成ですよ、ヒェッヒェッヒェッ・・・」
「その笑い方はやめて!」
・・・。
・・・。
「・・・そういえば――」
ニーナは辺りをキョロキョロと見て、何かを探している。
「どうかしましたか?」
「なんか静かだと思ったら、あのゴリラみたいなカンガルーがいないわね」
「えっ――あっ、そうかもしれませんね、えぇ」
「まあ、あたいには関係ないからいいんだけど。もう、これで完成?」
「粗粗完成ですね」
ブリオは、薬品の入ったフラスコを氷水で冷やした。
その途端に、ゴボゴボいっていたのが止まり、薬品は静を成した。
「化学を為す為にはですね――」
「え? もう一回言って」
ニーナは聞き返した。
「化学を な す た め には――冷静さが大切なのですよ」
ブリオは語る。
「だから、今までは失敗続きだったんですよ、えぇ、そうです」
「ワタクシがあなたのおじさんの宇宙船を撃ち落としたとき、ワタクシは至って冷静でした、、、」
「でも、あの薬――亜種が幾つかありますが――を使ったときは見事にしてやられたのです」
ニーナはこれに対して、
「緑色の怪人になったり、カエルみたいになる変な薬?」
と聞いた。
「えぇ、アレを使うと人間的な考えが吹っ飛んで――それも快感なんですけどね。ヒッヒッヒッ」
「・・・って言うか、普段のあんたも人間としてどうかと思うけど」
ニーナの言葉はナイフのようにグサッと突き刺さった。
ブリオは聞こえなかったふりをした。
「ま・・・まぁ、とにかくです――冷静さを失ったところで、得るものは殆どありませんでした」
そして、冷やしているフラスコの様子を観察し始めた。
温度を測定した。
次にニオイを確かめる。
若干顔をしかめたが、満足そうな笑みも混ざった不思議な表情だ。
上手く調合が進んだらしい。
「さあ、完成ですよ」
ブリオは冷水からフラスコを取り出し、掲げた。
光が反射して、ギラリと黒く輝いた。
「この『黒い太陽』をあのムキムキに与えましょう・・・」
「『黒い太陽』?」
「だって、そう呼ぶほうが不気味に感じるでしょう、違いますか?」
「ん・・・まあ、不気味かどうかはどうでもいいんだけど」
「ともかく、これを与えるんです」
「飲ませるの?」
「いえ、今回は注射ですよ」
二人は気を失っているクランチのところへと向かう。
クランチは四肢をガッチリと押さえつけられていて、抵抗しようにも出来なかったのだ。
そして、反抗する間も無く強い睡眠薬を投与され、そのまま意識を奪われてしまっていた。
ブリオの計算でいけば、もう少しすると薬の効き目が切れる。
そして今――
「さあ、お目覚めの時間ですよ、怒れる怪物さん・・・ヒェッヒェッヒェッ」
「・・・」
ニーナは息を呑んだ。
「これってさ、どうなんのかな」
「記憶の中の怒りの感情を増幅させるんです、怒りは生物の攻撃的本能を呼び覚ましますからね。いわゆる『好戦的性格』になりますよ」
「サバイバーね」
「ええ・・・って、スタンドじゃ無いですから」
「スタンドの名前を言ったつもりじゃ無いんだけど。普通にサバイバーだって――」
「ワタクシはあんな非科学的なものは信じませんから」
「はい?」
「時を止めるだとか、護身的パワーの型だとか、云々、云々・・・」
「別に聞きたくないんだけど」
「あっ・・・そうですか。なんだか、今日のワタクシは話が脱線しがちになりますねぇ」
「あんたが勝手に脱線しちゃってんでしょ」
「まあ、そうですね」
「さあ、早くやっちゃってよ、薬・・・」
ニーナはブリオを急かす。
ブリオはフラスコの中身を慎重に注射器に注入する。
黒い液体で満たされていった。
フラスコの最後の一滴までしっかり入れた。
(注射器はかなり大きなものだった)
「これ、刺したら起きちゃったりしないの?」
「大丈夫ですよ、ワタクシの睡眠薬は最後まで強力ですから」
ブリオはちょっぴり自信ありげに話した。
「でもさぁ・・・」
ニーナが口を挟んだ。
「はい?」
「薬の効果ってもう切れてない? ほら、見て――」
二人がクランチを見ると、確かに殆ど効果が消えているようだった。
気分悪そうに頭を振って、目を擦ろうとした。
そして、四肢が縛られていることに気付き・・・
「・・・?」
バシッ・・・!!
ニーナの鋼鉄パンチが飛んだ。
(ネオおじさんに身体を改造されていたから、本当に文字通り「鋼鉄」のパンチが「飛んだ」)
クランチは、今度は気絶してしまった。
ニーナのパンチが効いてしまったらしい。
まさに散々だ、、、
「こりゃ派手にやってくれましたね」
「こうするしか無かったでしょ」
「うーん、しかしですね――」
・・・。
「――こうなると、次に起きるとき、彼がどうなるかは分かりません・・・」
「え、なんで?」
ニーナは『お前が滅茶苦茶にした』と言われているようで嫌でたまらなかった。
「なんでって、そりゃ勿論、計算に入っていないことが起きたからですよ」
「あたいのパンチが?」
「あと、彼が起きてしまったこともです」
「じゃあさ・・・基本的にブリオのせいだよね?」
「まぁ、まぁ・・・アー・・・そうですね」
「実験中の話の脱線が大きすぎたんだよ」
「むしろ、この小娘の急かしが原因ですって」
ブリオはニーナに聞こえないくらいボソッとこぼした。
ニーナには多分聞こえていなかった。
とりあえず二人は落ち着いて、ニーナはもう一度聞いた。
「とにかく、あのバンディクーはどうなっちゃうの?」
「多分、予想以上に暴走するか、全く効果が現れないか、どちらか・・・」
なんでも、使った薬はそのときの感情とか、体の状態とか、そういったもので効果が変わってくるというのだ。
投与される側、そして薬自身もデリケート、ということだ。
ところが、ブリオは自分で想定外なことを引き起こしてくれたものだから、この先どのように薬が効いてくるのか分からない。
ブリオは恐々した様子でクランチを観察している。
ニーナは逆にウキウキしながら待つ。
「なんでそんなに楽観視出来るのですか、危ないかもしれないのに」
ブリオはニーナに聞いた。
「だって、先が分からない方が面白いしっ」
「う〜ん、そういうものなんですかねぇ・・・」
「そういうもんよ、スリルが無くっちゃつまんないでしょ」
「ワタクシはむしろ静かな生活を過ごしたいものですが・・・」
「ふーん」
・・・。
・・・。
実験室の空調の音のみが辺りに響いて、二人はただ見守っていた。
ブリオはなるべく出口に近いところで。
懐に入れている手を抜こうとしない。
その手は、例の『護身用』フラスコを握りしめている。
ニーナはクランチの近くで。
結構近くまで寄って、どう変化するか嬉々としている。
その目は、ワクワクと期待で輝いている。
・・・。
・・・。
しばらく時間がかかりそうだ。
「――あのデビルさんには何をあげるか考えながら様子見といきましょう」
化学者だけあって、ブリオは細かいことまで抜かることは無かった。