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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
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Chapter 15 帰還、そしてすれ違い
クラッシュは愛機・オレンジバロンの前で鼻歌を歌っている。
燃料を注ぎながら鼻歌を歌うクラッシュは、それこそ「様」になっていた。
「よしっ、給油終わり!」
「なんか、カッコいいんだか悪いんだか・・・」
ジャッキーは笑いそうになっているのを何とか堪える。
クラッシュの格好が格好だから、いくら威勢良くても関係無かった、、、
「よしっ、それじゃ出発するよ」
クラッシュはオレンジバロンとCRグライダーを頑丈なロープで結んだ。
グライダーは動力を持たないから、何かで浮かばせないといけなかった。
手早くロープの準備を終えると、ウキウキしながら乗り込んだ。
きっと、飛ぶことを待ち望んでいたのだろう。
ジャッキーは飛ぶのが嫌だったから、何となくションボリして見える。
風はそろそろ落ち着いてきて、フライトには持ってこいの状態だ。
・・・と言うか、今飛ばないと危険だった。
グライダーが煽られてしまうかも。
いくら敵でも、海に真っ逆さまに落ちる場面を想像するのは苦痛だった。
いつだったか、クラッシュは浜辺の岩の上から海にダイブしたことがあった。
でも、その時うっかり腹から落ちてしまった。
クラッシュはいつまでもそのときの痛みを忘れなかった。
水色に広がる鉄板。
例えるならこんな言い回しだろうか。
何で、変化自在な水があんなに堅くなってしまうのだろう。
とにかく、墜落させるのだけは何とか避けたい。
だったら、風の暴れていない今のうちに出発したほうがいい。
「よーし――エンジンスタート・・・!」
オレンジバロンは息を吹き返した鳥のように海の遥か上へとフライトした。
後ろからはジャッキーの乗るグライダーが、オレンジバロンに引っ張られて風に乗っていく。
今度は、間違えないようにタスマニアに向かわないと。
やがて、白い空に写る黒い点も見えなくなった。
そこはもぬけの殻だった。
特に異常なことがあったようには見えない。
激しく争った跡は見られないし(砲撃の跡もない。土も普通だ。特に誰かが襲ってきた訳では無いようだ)。
それでいてシーンと静まりかえっているのは、むしろ気味の悪いことだった。
そんなゴーストハウスのようなクラッシュの家の前で、コルテックスは訳が分からなくなっていた。
(一体全体、どうなっておるのだ?)
・・・。
光線銃を構えていた腕の力が抜けてきて、思わず落としてしまった。
遠くから良く確認したくて丁度岩の上に立っていたから、銃は岩に当たって「ガチャン!」と砕けるような音を立てた。
(ジャッキーどころか、バンディクー共もいないではないか・・・)
コルテックスは鉄とプラスチックの破片をかき集め、もう一度目の前の風景を舐めるように見回した。
・・・。
・・・。
やっぱりいない。
どこだ?
どこに消えたんだ?
(でも待てよ、バンディクー共が消えたということは――)
コルテックスは冷静に考えてみた。
自問自答だ。
元々の目的はなんだ?
――勿論、世界征服に決まっている。
じゃあ、何で今まで出来なかった?
――バンディクー共が邪魔をするから。
だからどうしたかったんだ?
――打倒バンディクー。
で、相手がいないということは?
・・・。
・・・!
(――ということは・・・)
コルテックスは自然と何かが体の内から沸き上がってくるのを感じた。
いわゆる「興奮」だとか「快感」のようなもの。
想像しただけでゾクゾクしてくる。
「世界征服まっしぐら、か」
コルテックスは自分を押さえ付けるような落ち着いた声で言った。
でも、本当は滅茶苦茶はしゃぎたくて仕方がないくらいだ。
とりあえず、潜水艦に戻ろう。
早くプランを立てなくては。
「最近は打倒クラッシュプランしかなかったからな・・・すっかり本来のプランを忘れてしまった・・・」
そして、ここに来た痕跡を消すと、コルテックスはそそくさと潜水艦に戻った。
再びもぬけの殻のようになったこの場所には、さざ波の音しか聞こえてこない。
コルテックスは重そうに見えて滅茶苦茶軽いハッチを開け、ルンルンしながら中に入った。
「今日は記念すべき日だ! やっと、悪の科学者も名を知られるようになる・・・勿論ワシのことよ――」
「ウヮッハッハッ・・・ハァ・・・」
一人盛り上がってもなんかおかしい。
でも誰かを呼ぼうにも呼べない。
「やっぱり、ワシには誰か猫の手になるのが必要だな」
そして、潜水艦の舵をとると、ゆっくりと沖へ進路を決めた。
丁度その真上をプロペラ機とグライダーが通り過ぎたが、コルテックスは気にも留めなかった。
留めていたら、目的をもっと早く果たせていただろうに。
互いに気にすること無く通り過ぎてしまったのだ。
「・・・ふぅ、やっと戻れた」
クラッシュは溜め息をついた。
思っていたよりも長い空の旅になったからだ。
何より背中の毛が無くなってしまったのはショックそのものであった。
コルテックス云々の話よりも、これのほうがクラッシュにとっては深刻だ。
ダンスなんて出来ない。
外にいるのが恥ずかしい。
他人に見せる顔――では無く、背中が無い。
とにかくクラッシュは早く家に戻りたかったようだ。
「あーあ、こんなときに理想のカワイコちゃんを見つけられてもなぁ」
クラッシュは既に何回もこんなことを言っていた。
暑いタスマニアに辿り着いても、ボロ毛布を脱ぐことはしなかった。
家の前までクラッシュはダッシュし、ジャッキーもトコトコと追いかけた。
そして丸いドアをバタンと開けて中へ滑り込む。
ジャッキーも中に入ると、その瞬間にドアがバタンと閉まった。
「ふぅ・・・」
「そこまで他人の視線に怯える必要は無いんじゃない?」
「うーん・・・」
「とりあえず、手当てを――」
「触んないで!」
「ヒッ」
「・・・アッ・・・」
「・・・」
「・・・いや、大丈夫さ。自然に治るって」
クラッシュは、敵であるジャッキーに傷を触られるのが嫌だったようだ。
もしくは、傷をさわられること、それ自体が嫌だったのかもしれない。
ボロ毛布で傷をもっと覆い隠して、まるで奇妙な「さなぎ」のようだ。
ジャッキーは半分ムスッと、半分悲しそうに「そう」と言った。
クラッシュはその日、ずっとこのままでいた。
リンゴもいらないようで、毛布にくるまったまま、そそくさと寝てしまった。
今はコルテックスのことなど頭から完全に抜けている。
「・・・ボクも寝ちゃおう――」
ジャッキーも適当に横になって、辺りは静けさを増した。
カーテンを通した窓の向こう、家の周りでは、またピカールが沢山群がっている。
カーテンを通して入ってくるその光は、不思議と穏やかな気持ちにさせてくれるものだった。
「・・・・・・」
そんな光をジャッキーはボーッとしながら見ていた。
今のままでいるのと、記憶が戻るのと、どちらがいいのだろう。
どうせなら、記憶が戻ってこなければいいのに。
そうしたら、変な心配をしなくても済むのに。
(記憶が飛ばなければ、こんなことも思わなかっただろうけど)
・・・。
・・・。
まぁいいや。
自然に任せればいいか。
今考えたところで、どうにかなるわけでもないし・・・
ジャッキーがそう思ったとき、ピカールの光が一瞬陰ったように見えた。
まだ、夜は始まったばかり。
今宵は長くなりそうだ。