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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
◆
Chapter 12 洗脳が解けた・・・?
「クラッシュ」
「どうしたの、ジャック」
(念のため一度断っておくと、ジャッキーはジャックの名でごまかし通している)
「どうやってタウナを探すの?」
「あれ、今までじょーじょーうるさかったのに・・・」
「えっ、そういえば――どうしちゃったんだろう」
ジャッキーは、自分の癖がひとつ消えていることに、自分でも訳が分からなかった。
というより、頭がスッキリしない気分だった。
なんだか、今までの自分が違う自分だったような気がした。
そして、今までの自分と今の自分が別物だとも感じた。
大笑いしてからだ。
何だかいつも・・・というか、今までと違うのは。
今まで頭の中に埋め込まれていたものが、ものの弾みでスッポリと抜けてしまった感じだ。
「はぁ・・・」
ジャッキーは何が何だか分からなくなって、何とか考えを整理しようとしたが、口からでてきたのは溜め息ひとつだけだった。
「大丈夫――?なんか気分悪そうだよ?」
クラッシュはジャッキーに優しく呼びかけた。
「うん、いや・・・その――あんまり良くない」
ジャッキーは言葉につまずきながら答える。
(あれっ、今まではもっと自然に受け答えが出来た気がするのに・・・)
「――だからさ、きっと疲れているんだよ、うん――」
クラッシュの言葉もまともに聞いていなかった。
「ジャック・・・?」
ジャッキーは横目にクラッシュを見た。
なんだか、気落ちしたような表情だ。
「え?ボクはジャッキーだよ?」
「・・・そうか」
クラッシュは少し冷たい目でジャッキーを見た。
「やっぱり、コルテックスの味方だったんだな。前からうすうす気付いていたけどな」
「コルテックスって誰だよ、ボク、そんな人は知らないぞ」
ジャッキーは、何が何だか分からない、といった感じだ。
「悪の科学者だ。お前はずっとあのハゲ頭を慕っていたんだ」
「ええ〜っ!」
・・・。
・・・。
「嘘だ・・・信じた・・・く――」
「でも、ホントに――」
「――絶対、信じたくない!」
クラッシュは呆気にとられた。
ジャック、もといジャッキーに何があったんだろう。
(もしかして、洗脳が解けたのかな、クランチみたいに――)
(そういえば、クランチも洗脳が解けたときは混乱していたっけ・・・)
クラッシュは考えをまとめた。
そして、ジャッキーの、体の大きさの割に大きい手を引いた。
「とりあえず、行動しよう。反省はしているんだよな?」
「うん・・・というか、そのコルテックスって人のことが全く浮かんでこないんだ」
「そう、じゃあ、とりあえずココの会社に行こう。探すのを手伝ってもらうんだ。確か、ここからすぐのところ――あ、あった」
少し歩くと、先にパステルピンクとパステルブルーの建物が見えてきた。
ココらしい、可愛らしいデザインだ。
でも、どこか攻撃的に見えるのは何でだろう。
クラッシュとジャッキーは正面玄関からエントランスに入った。
とりあえず、受付に向かう。
そこには、クラッシュ好みの受付嬢がいた。
クラッシュはジャッキーを引いていた手を振り上げて、真っ直ぐそこに飛んでいった。
「やぁ、オイラ、クラッシュ・バンディクー! よかったら、これから一緒に――くはっっ!!!」
ジャッキーが横からパンチを食らわせ、クラッシュは伸びた。
「・・・・・・」
受付嬢はかなり困った様子で苦笑いをする。
「(もう、何やってんだよ・・・)あ、あの――こっちの彼、クラッシュ・バンディクーって奴で、社長に会いたいってことでここに来たのですが――」
ジャッキーは慌てて取り繕った。
受付嬢も、納得したように頷いた。
「ああ、ココ社長のお兄様ですね。色々話は聞いていますよ」
『社長』なんて肩書きがついていると、なんだか別人みたいだ。
クラッシュは、地面にうつ伏せになったまま、「そりゃ、オイラのことはいくら時間があっても語り尽くせないよなぁー」と言った。
ジャッキーは、受付嬢が大笑いしそうなのを堪えているのを確かに見た。
「ププ・・・え・・・ええ、そう――ですね・・・」
「・・・」
「では、今社長に内線を繋ぐので、今しばらくお待ちを――プッ――」
「・・・」
「・・・オイラ、なんか悪いこと言った?」
爽やかな色合いの部屋の中。
そのリゾート地のような場所でプルル・・・と電話が鳴った。
内線だ。
ココは受話器を取って、受付嬢の用件を聞いた。
「はぁ――なるほどね。忙しいって言ったんだけどな・・・まあいいわ、通しても」
「お連れになっている者もお通しして・・・?」
「ええ、いいわ」
「では――」
「うん、お疲れさま」
ココは内線を切った。
窓辺から海岸を見ると、ずっと向こうに、いつか見た飛行機とグライダーが停めてあるのが見えた。
(そう言えば、連れって誰だろう。クランチだと思っていたけど、あれには乗れないだろうし・・・)
ココは不思議がっていると、ドアのすぐ向こうに答えがやって来た。
トン、トン。
丁寧にノックを叩く音がする。
(・・・お兄ちゃん、だよね――)
一瞬だけ躊躇した後、ココは「どうぞ」と呼びかけた。
ドアをバタンと開けてクラッシュが嬉しそうに入ってきた。
ココは、やれやれと思いつつも、顔を見せてくれる兄が少し嬉しく感じた。
次の『付き添いの者』が入ってくるまでは。
ジャッキーの姿が見えた途端に、ココの表情が豹変――というより、汚いものを見るような顔になった。
それからは一瞬だった。
ココは素早くデスクから銃らしきものを二人に向け、どちらも口を利く前に銃口から何かを二発発砲した。
捕獲ネットだ。
特殊な繊維を使用しているのか、ジャッキーが背中の針を逆立てても全く効果は無かった。
捕獲ネットはクラッシュとジャッキー、それぞれにかけられていた。
そして、ココがゆっくりと近付いてくる・・・。
「ココ――」
クラッシュは哀願するような声で呼んだ。
でも、ココは聞こえなかったフリをしたようだ。
ココはジャッキーの方ではなく、クラッシュの方に近付いた。
そして――
「ココより――」
右足を踏ん張って――
「――何を――」
「愛を――」
左足を後ろに振り上げ――
「――するん・・・!」
「込めてぇっ!」
痛烈なカラテキックがクラッシュを直撃!
クラッシュは驚きと痛みの声を同時に上げた。
「うぅっ、何で――?」
「化けの皮を剥がしなさい、コルテックス!」
ココは全く怯む様子もなく、クラッシュを傷めつけた。
「なんで――」
ベシッ。
「あのジャッキーと――」
バキッ。
「一緒なのよ――」
ゴキッ。
「敵の罠に違いない――!!」
「違う、待って・・・待てって!」
ココは一旦攻撃を止めた。
警戒の縄はまだほどけていない。
「ジャッキーは改心したんだ。洗脳が解けたみたい」
ココは何も言わずに、今度は棒のような物を持ってきた。
「じゃあ、あなたは本当のお兄ちゃんね?」
「勿論さ!」
棒に丸い緑色のランプが光り、ポーン、と音が鳴った。
今度はジャッキーの元に向かう。
「あなたはコルテックスの元にいたいの?」
「そんなの、真っ平だ」
また、緑色の丸が光ってポーン、と音が鳴った。
ココはゆっくりと立ち上がり、二人をもう一度見た。
クラッシュは、ココが苦悶の表情を浮かべるのを久々に見たような気がした。
そしてココは、銃とウソ発見器を置いて、二人を解放した。
「・・・ごめん。ジャッキーと一緒だったから、もしかして――と思って」
ココは小さくなりながらクラッシュにボソボソと言った。
「まぁ、疑いがなくなったのは分かったけど・・・」
クラッシュは自分の体を見た。
「これじゃ外を歩けないよ」
「大丈夫、救急箱と毛並みを整えるスムーサーならあるから――」
「――それより、教えて欲しいんだけど、なんでジャッキーの洗脳が解けちゃったの?」
ココはジャッキーを見ながら聞いた。
「オイラには分からない。ここに着いたときからおかしいんだ」
「ボクもさっぱり。でも、何だか記憶がスッポリ抜けた感じ」
ジャッキーがこう答えると、ココは考えながら言った。
「・・・クランチは洗脳されていたときの記憶もあったわよね。辛そうだったけど、克明に話してくれた。でも、ジャッキーは何も覚えていないって・・・」
「多分、ショックの与え方が違っていたから、こうなったんじゃないかな」
クラッシュは珍しく的の射た考えを言った。
「なるほど、そういうことは十分有り得るわ。ところで、詳しく聞かせてちょうだい。今まで何があったか」
ココは納得した様子で、二人から(ジャッキーは殆ど記憶が無かったから、大部分はクラッシュから聞いた)経緯を聞いた。
クラッシュはまだ意地を張っていて、クランチのことは一度も口にしなかった。
ココは気になっていたからだろうか、クランチのことを聞いてみた。
「――ところで、クランチは家に残してきたの?てっきり、クランチと一緒なのかと思ってた」
クラッシュはその質問を無視した。
「・・・?――あっ・・・ケンカでもしたの?」
「だって、アイツったらピンクのチビクマちゃんのことしか頭にないんだ。向こうは家を出ていったよ」
「ええっ!?どうしよう・・・」
ココはかなりショックな顔になった。
「いいよ、向こうから謝るのを待つ。オイラは何も悪くない」
クラッシュが頑なな顔でこう言うと、ココは首を軽く横に振った。
「ううん、クランチのことじゃなくて、ケンカのこと――」
「それがどうしたんだよ・・・」
「――ケンカの原因を作ったの、きっと私だわ・・・」
ココは奥の部屋に行き、間もなく戻ってきた。
片手に、小さなピンク色のものを握っている。
「あっ――」
クラッシュはすぐに気が付いた。
紛れもなく、それはクランチのチビクマちゃんだった。
(そうか、だから探しても見つからなかったのか)
「あのときに急いで準備していたから、これが紛れ込んでいることに気が付かなかったの――ゴタゴタの原因になるなんてね・・・」
ココの声は尻切れトンボに消えた。
「っていうか、なんでココが持っていたの?クランチと同じ部屋にいるわけじゃないだろ」
「あー・・・それは――何でもない」
「ふーん――」
クラッシュは、ココが必死に顔の赤みを隠そうとしていることに気が付いた。
「あっ、信じていないでしょ」
「信じてるよ」
「だったら、なんでそんな顔で私のことを見るの?」
「『そんな顔』ってどんな顔だよ」
「だって、絶対に『シラ〜ッ』って感じの顔で見てきた!」
「あのー」
ジャッキーが唐突に割り込んできた。
クラッシュとココは、顔を赤く染めながら、今にも兄妹ゲンカをはじめてしまいそうな雰囲気だった。
ジャッキーは気まずいと思いながらも、同時にこの言い争いを止めないといけない、と思った。
きっと、クラッシュは怪我だけでは済まないかもしれない。
「・・・そんなことしている場合なの?」
「・・・」
「・・・そうね、続きはまた今度にしましょう――」
「続き?もうやめにしよう――」
クラッシュは疲れたように言った。
「『やめにしよう』って、元々、変な顔で私を見たのはそっちでしょ」
「だって、それはお前が――」
「もう聞きたくないよ!」
ジャッキーが怒りながら二人の間に割り込んだ。
こんなことをしていたら、あっという間に日が暮れるし、時間がもったいない。
「クラッシュ、元々はどうしてここに来たのか思い出してよ! 助けをもらうためだろ・・・」
ジャッキーは訴えた。
「・・・なんだっけ、それ」
クラッシュは忘れているみたい。
「ココに助けをもらうためだってば。クランチを探すって自分で言ったのに――」
「あれ、そうだっけ」
「ほら、もうケンカはおしまい!」
ジャッキーが言うと、クラッシュとココは口をつぐんだ。
ちょっとばかし気まずい雰囲気だった。
でも、またすぐに二人の口が爆発するようなことは無さそうだ。
「よし――とりあえず、ここは身を引こう。じゃあ、助けてよ、ココ」
「今更ねぇ――何をすれば・・・?」
「クランチの居場所が分かればそれでいいから」
クラッシュは最後に「会いたくないし」と、ボソッと付け足した。
「はいはい、そういう意地は要らないから。・・・これで探してみれば?」
ココは、小さなレーダー探知機のようなものをクラッシュに手渡した。
「まずテストしてみようか。私の名前をそれに入れてちょうだい」
「うん――ココ・バンディクー・・・っと――これでいいの?」
「大丈夫、それじゃ、次に赤いボタンを押してみて」
ポチッ。
クラッシュがボタンを押すと、ピッという音が鳴り、画面に世界地図が現れた。
その中で一ヶ所、赤の点滅があるのを見つけた。
「これ、どこを指しているのさ。世界地図なんて、サッパリ分からない――」
「シカゴだってば」
「ふーん・・・で?」
「『で?』って何?」
ココは逆に質問した。
「だって、これじゃシカゴのどこにいるか分からないよ」
クラッシュは微妙に困ったような声で言った。
ココは「世話が焼ける」とも言いそうな顔をしながら話を続ける。
「幾つかボタンがあるでしょ。何のためについているのか考えてみたらどう?」
「う〜ん・・・」
・・・。
・・・。
(そんなに考え込むの?)
ココは前言撤回、「もう考えなくていいからっ」と遮るように言った。
ココは赤いボタンの横についている、黄色の矢印ボタンを指した。
ああ、と納得したクラッシュはそのボタンを押した。
「どんどん押してみて」
何回も押すと、地図は拡大され、シカゴのエリアマップのようになった。
「これならいくらか分かる・・・かな」
「そう、良かった。――あ、そうだ・・・」
ココは、ふと思い出したように切り出した。
クラッシュは感心しているのかどうか分からないが、機械をジロジロを眺めている。
「・・・これを使える回数は限られているの。この機械、プライバシーの問題が絡んできたりするから・・・」
「まぁ、そんな使うわけじゃないから大丈夫」
「あと、もう一つ――」
ココはさらに続ける。
「タウナのストーカーなんかの為に使っちゃダメよ」
「なんでそうなるんだよ、ひどい言いがかりだ・・・」
クラッシュは憤慨した。
まだ何にも言っていないのに、こんなことを言われたら腹が立ってくる。
ジャッキーに「まぁまぁ、落ち着いて・・・」となだめられながら、クラッシュはボソッと言葉をこぼした。
「まずはタウナから追っかけてやる――」
クラッシュをなだめていたジャッキーには、この言葉が聞こえてきて、思わず苦笑いした。
運良く、ココにこの言葉を聞かれることは無かった。
「・・・そう言えば――」
クラッシュの機嫌が何とか直ってきた頃、ココがふと言った。
「何?」
勿論、クラッシュは聞き返す。
とても好奇心が旺盛で、あどけない表情は、まるで子供のよう。
ココは、何か突っかかるような、そんな表情だ。
「なぁ、なんなのさ」
もう一回聞く。
「――あのね、ちょっと気になったの・・・」
チラリとジャッキーを見ながら言った。
ジャッキーは、そのつもりが無いのに、思わずドキリとした。
「そもそも、どうしてジャッキーは私たちの所に来たのかしら・・・?」
「ん・・・そんなこと、気にする必要があるの?」
今度は、クラッシュが逆に質問した。
「だって、今ジャッキーは――え〜っと――洗脳が解けたんだろ?」
「お兄ちゃんのところに来たときから洗脳は解けていたかな・・・」
「アッ――」
クラッシュも気付いた。
ジャッキーは、コルテックスの指令を受けてオイラのところにやって来たんだ。
つまり・・・つまり・・・
「・・・事の大きさに気付いたかな」
ココが言った。
「うーん・・・」
「鈍いわね」
ココは苦笑いした。
「いや、事情は飲み込めたけど――いつもはもっとこう――」
クラッシュは、大げさな身ぶりで、何かが突っ込むような仕草をしてみた。
「――ドッカーンッ! ってやってくるだろ。クランチを創り出したり、自分からこっちに出向いたり」
「考えが変わったんじゃない?」
ココは間を置いてから静かに言った。
「あのデッカイ平頭も成長するものね・・・」
「確かにな――そうだ、ジャッキー?」
クラッシュはジャッキーを呼んだ。
兄妹の話し合いに飽々して座っていたジャッキーは、呼ばれると嬉しそうに二人のところに来た。
「何なの、クラッシュ」
「あのね・・・覚えていないかな――」
「?」
「――ここ何日かのこと。コルテックスのこと、少しでも思い出してくれると嬉しいんだけどな」
「うーん・・・」
「そんなすぐには思い出せないわよ」
ココが水を差すように言った。
「分からないさ。もしかしたら、何かのキッカケでひいと記憶が――」
「戻ってきたら、ジャッキーは敵側に戻るでしょうね」
ココが決定的なことを言ってしまった。
「アッ・・・そうか」
クラッシュはガクッとして落ち込んだ。
「まあいいや。この機械でコルテックスを見つけて、やっつければいいだけだ」
「それは無理」
ココはあっさりと言い流した。
「色々厄介なことになりそうだったから、コルテックスはデータベースに入れていないの。今から入れるにしても、凄く時間がかかるわよ」
「チェッ、面倒なことをしてくれたな・・・まあいいや――」
クラッシュは開き直ったような声で言った。
「――また、冒険が始まる・・・ってことだ」
「うーん、そうね――今回は寧ろ、探求の旅じゃないかしら。コルテックスの・・・」
「探求の旅、か・・・」
クラッシュは噛み締めるようにその言葉を呟いた。
これから、長い旅になりそうだ。
まずは、タウナとクランチを見つけ出そう。
それから――どうすればいいんだろう、全く先が見えない。
でも、探求の旅と言うからには、暗中模索するに違いない。
中途半端な始まりだったけど、終わりはキレイにまとめてやるっ。
――クラッシュは小さな決意を決めた。
打倒コルテックスに向けて・・・
「う〜ん、思い出せない――って、僕はいつまでこうしていればいいの?」
クラッシュとココは、ジャッキーをまた無視してしまったようだ。