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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆


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Chapter 11 その頃あの人は

ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・

地面を引きずるような重い足音。

ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・

くたびれたような、かすれた声。


重い図体を引きずるように、海へと向かう。

片手にはめているアームがとても重たく感じる。

まるで、自分がそのアームに締め付けられ、追い詰められていくみたいだ。

『アームに追い詰められる』というのもおかしな表現かもしれないが、今のアームは、彼にとっては邪魔な鉄の塊だ。


今、そこにいる理由を失ってきたからだろうか。

なんだか、気が狂いそうだった。

「けっ――なんか最悪の気分だ・・・」

クランチは、何もせずにただた、歩いていたから、クタクタだし、正気を失いかけていた。


最初は島の中央に行こうと思い、途中で考えを変えて海へと向かい、それでもやっぱり――と、何度も同じことを繰り返していた。

戻りたくないのか、歩くのをやめたくないのか。

分からないけど、まるでそれが最後の目的であるかのように歩き続けていた。

驚くことに、あっという間に時間が経っていて、気付けば辺りはゆっくりとビロードの幕が下ろされていくようだ。

「・・・」

クランチは、やっとその場で立ち止まり、ふと空を見つめた。

彼と空の間には、深い緑が生い茂っていた。

見上げたとき、丁度、鳥の群れがバサバサと通りすぎるのが見えた。

自由な空がとても遠く感じる。



「う〜ん、何だか頭が痛いし、それに重いな・・・何もしないというのも疲れるものだ」

いつの間にか、昼夜逆転していたようだ。

やっぱり、陽の光を浴びていないとダメなのかも。

潜水艦は微妙な燐光を放つ海の中でじっとしていたが、そろそろ行動を起こさないと、ただただ時間を浪費するばかりになってしまう。

ただ、コルテックスは何も知らない。

今、クラッシュの家には誰もいない。

辺りにいるのは、無数のピカール(今日は静かなので、心なしか数も多い気がする)ばかり。


コルテックスは何も知らない。

ジャッキーが今どこにいるのか。

勿論、いつの間にかクラッシュとジャッキーが意気投合している、ということも。


コルテックスは何も知らない。

クランチが、自我を失いかけていること。

ひとりぼっち、孤独で苦しんでいる――。


コルテックスは何も知らない。

エヌ・ジン・・・。


「ええい! ワシとアイツとのことはほっといてくれ!」

おっと、これは失敬。

とにかく、何も知らないから何もできず、コルテックスは歯がゆい思いをしていた。

「こんなことなら、ニーナを返さなければ良かった。でも――ああ! 過去を振り返っていてばかりでは何もできん!」

・・・。

反響が泡沫のごとく消えていき、あとから耳に入るのは、潜水艦にやさしく噛みつく波の音だ。

叫んで、少し気を晴らすことができたのだろうか。

「ふぅ」と小さな溜め息をつく。

「よし、ぼちぼちいきますかっ!」

今のコルテックスは、ここ最近ではかなりテンションが上昇している。

ほとんど0からのスタートだから、意気込みもすごいのかもしれない。

間も無く、潜水艦は鈍い音を水の中に波紋させながらゆっくりと上昇していった。

バタン!

潜水艦のハッチが景気良く開いた。

ハッチは分厚い鉄の塊だが、エヌ・ジンの技術力が光り、軽い力で開くようになっていた。

コルテックスは、久々に外気にとくと触れた。

潮風は、年々と少なくなってきている髪の毛を遊ばせた。

「おっ・・・」

今夜は満月・・・いや、その少し前かもしれない。

どちらにしても、海の上で凛々と輝く月は素敵だった。

「なんか――いや、気のせいか・・・」

コルテックスは何かに気付いたようだ。

「ん?やっぱり気のせいじゃない。なんだ、あれは?」

海の上を静かに漂っていた「あれ」は、引き寄せられるように潜水艦に近づいてきた。

よくよく見れば、小さな紙切れだ。

文字は――海水に浸かっていたから――かなり滲んでいる。

「誰かが落としたのだろうな。どれどれ・・・」

紙は潜水艦の近くまでやってきて、コルテックスに拾われた。

コルテックスは、期待のこもった表情で何が書かれているのか見ようとした。

というのも、今は藁にもすがるような思いで情報を欲しがっていたのだ。

そうでなくても、こういう、ちょっとしたものが研究のヒントになることはよくある。

落とし物は、まさにアイディアの宝庫。

それを、今のコルテックスが見逃すはずは無い、あり得なかった。

「へへっ。いいものを拾ったな、これは・・・」

疲れ気味の顔に、月の光が優しく照らされた。

それにしても、どれだけ海に浸かっていたのだろう。

紙はフニャフニャになっていて、今にも破れてしまいそう。

それでも、書いてある文字はそれほど欠損してはいないようだ。

勿論、もう滲んでいた文字も多少はあったが、大部分は普通に解読することが出来た。

「どれ、なにが書いてあるのか――なっ・・・!」

そこには、こう書いてあった、、、


『N.――殿へ
もう決めた。拙者は――する、すまないとは思うが、宜しく。
N.GIN』


「これは・・・」

コルテックスにとってみれば、まさかまさかの展開だ。

まさか、エヌ・ジンの手紙だったとは。

まさか、気分のいいときにこんなものがくるとは。

二重の意味で『まさか』の攻撃を受けたコルテックスは、文字通り面食らってしまい、顔面蒼白、そして劇画調のラインが見えてきそうだった。

「――まさか、エヌ・ジンの書いたものだったとは・・・しかし――」

コルテックスは、何か気になることがあるようだ。

「エヌ・ジン、お前は・・・何をした・・・?」

手紙をよくよく見れば、

『拙者は――する』

とあるが、実際に何をする、またはしたのかは全く分からない。

ここが滲んでいなければ!

「くそっ、アイツはなんの為にこれを・・・」

歯がゆい感覚がコルテックスを襲う。

そして、ひとつの考えがコルテックスの頭の中で浮かび上がってきた。

「まさか・・・自殺?」

本当にまさかと言いたくなる。

でも、たったこれだけの理由で自殺してしまうというのも考えものだ。

(そもそも、『あの』エヌ・ジンが自殺なんかするか?バンディクーめがワシの世界制服を応援しに来るほうが現実的だっての・・・)

(でも、ワシの予想通りだとしたら?絶対に無いとは言い切れん――あっ)

コルテックスは突然思い出したかのように、携帯電話を取り出した。

しかし・・・。

「な・・・?ん・・・?」

・・・。

・・・。

「でじゃゃゃぁぁぁ〜〜〜〜〜っっ!!!」

その声は月夜の空気をかき乱し、何回もこだました。

コルテックスは、狂った電池仕掛けのおもちゃのように、携帯のボタンを押しまくっていた。

画面に『NO SERVICE(圏外)』と表示されていたわけではない。

というより、画面はうんともすんとも言わなかった。そう、携帯は電池切れになっていた。

「くそっ! 充電器はエヌ・ジンがみんな持っているし、作るにしても今は材料がない・・・」

連絡手段は失われた。

今度こそ、本当にひとりぼっちになったような気がした。

コルテックスはとぼとぼと潜水艦の中に戻り、軽いはずのハッチを、さも重たそうに閉めた。



クランチは、結局海岸に出ることに決めたようだった。

「ああ、そうさ。嫌なことも忘れさせてくれるからな――」

心なしか、目が爛々・・・というより、ギラギラと研ぎ澄まされた、悪の輝きが見え隠れしているような気がする。

「もう、いっそのこと、0からリスタートしたい・・・でも――」

でも、クランチの『0』なんてどこにあるのだろう。

自我を持ったとき。

洗脳されたとき。

洗脳が解けたとき。

どれも、『0』と言えなくはない。

と言うより、0=『無』をあらわすことにもなるかもしれない。

そんなことを思っている内に、クランチはビーチまで出てきてしまった。

辺りは静かで、波が砂浜をさするような音を立てている他は何も聞こえない。

きっと、ヤドカリや鳥は自分たちの寝床に入ったんだと思う。

(今日の俺の寝床は・・・この自然だな)

ずっと置きっぱなしになっているビーチチェアとパラソル。

あのビーチにいたら、いつクラッシュと鉢合わせするか分かったもんじゃない。

バツが悪すぎる。

だから、今日は今まで来たことの無い、この小さなビーチに足を運んでみたのだった。

ただ、クランチはある一点において、どうも気になることがあるらしい。

「――なんであのカニは引っくり返ってるんだ・・・?」

目に留まったのは、時折波に洗われながらずっと引っくり返って動かないカニだ。

「『クラムボンが死んだよ。』なんてな。誰かに殺られたのか・・・」

じっくり見ていると、頭のど真ん中に傷があるのが確認できた。

自分でぶつかっただけではこんな傷は出来ないと思った。

多分、誰かに頭をやられたんだと思う。

「何だか嫌なモン見ちまったなぁ・・・」

こんなことが起きた場所に居るのもなんだか気味が悪いけど、他にいい場所を見つける力――体力も、気力も、両方だ――が残っていなかった。

とりあえず、今はここで一夜を過ごすことにしよう。

前には穏やかな海、上には無限に広がるパノラマ、足元には死んだカニ。

最後の一点を除けば、ここは最高の場所だ。

そのパノラマを見ていると、悩みも吹っ飛びそう。

クランチは足元を見ないようにしながら横になり、星屑の空に想いを馳せてみた。

(俺って・・・恥ずかしがり屋さんだよな・・・自分で自分のことが恥ずかしく感じるぐらい――)

そのとき、どこからか人が叫ぶような声が聞こえた。

「でじゃぁ・・・でじゃぁ・・・でじゃぁ・・・」

その声は何回かこだまして消えた。

「うるさいなぁ――」

クランチはもう何も考えたくなかったから、声のことは考えず、素直に寝てしまうことに決めた。

ピカールの灯火はその場を優しく包み込んだ。

その雰囲気は、気持ちがズタズタになったクランチを回復してくれそうだ。



「あーあ。中々見つからないな・・・理想の人・・・」

対象は人ばかりでないのは周知のことだと思う。

スウィーティは、あれから一日この島を散策して、自分の相手探しをしていた。

でも、スウィーティの要求する条件が高かったせいだろうか(多分そうだと思う)、理想の男性像を持つものを見つけられていなかった。

「ワタシには、あのタスマニアン・タイガーしかいないって言うわけ?そんなの絶対信じないから!」

ワタシは、タイニーを好んでいる訳じゃない。

むしろ、向こうが勝手にワタシを好いているだけ。

バカなタイニーでさえ惹き付けてしまうワタシの魅力も捨てたもんじゃない(まあ、元々男に捨てられたことなんて無いけど)。

「もう島は回っちゃったし、どうしよう――」

スウィーティはこれからどうするかをチラッと考えてみた。

まず、ハゲオヤジの元に戻らないのは確かね。

逆に向こうからやってきたら噛みついて引き裂いてやるんだから。

(ワタシが醜悪だって?ワタシはあくまでタスマニアン・デビルだもん♪)

かなり小悪魔的なオーラを振り撒きながら、そのまま歩く。

ただ、もう夜分遅いこともあって、寄ってくるものと言えば、ピカールとそれを避けたがるコウモリぐらい。

暗所を好むネズミたちは、そんな戯れに寄るはずがない。

「・・・って、ワタシはネズミに興味なんて無いから!」

それは失礼。

とにかくスウィーティは歩き続け、気付くと鬱蒼とした茂みの右向こうからさざ波の音が耳に入ってきた。

「あれっ、ここって――」

一日前と同じ情景があった。

小さな、小さなゆとりのビーチ。

この前と違うのは、カニが一匹、青白くなってひっくり返っていたこと。

もうひとつは、体格のいいバンディクーが、その近くで横になっていたこと。

カニに背中を向けていなかったら、まるで種族の違う親子のようだった。

スウィーティは自分の気配を隠しながらゆっくりと近づく。

「あら、アイツは・・・」

クランチは寝言をムニャムニャ言いながら横になっていたようだ。

「う〜ん・・・俺が悪っ――悪かった――よぉ――」

勿論、スウィーティは何が悪かったのか知っているわけがない。

クランチはとても浅い眠りに入っているように見えた。

背中と首をもどかしそうにしていたからだ。

そして、寝返りをうった。

「あっ」

スウィーティは思わず声を漏らした。

で、それがクランチの耳に入ったのかどうか分からないが、クランチは「う〜ん・・・」と頭を痛そうにしながら目を開けて――

「・・・!」

「・・・!」

まるでスローモーションのビデオを見ているようだった。

でなければ、一時停止したのかもしれない。

お互いに、どう態度をとるか、鈍っていた頭を思いっきり回転させた。

いわゆる、気まずい感覚だ。