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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
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Chapter 10 シカゴへ
クラッシュとジャッキーは、家の裏にある倉庫に向かった。
「よしっ。じゃあ、ジャックはどうしようか・・・オイラはオレンジバロンで行くけど、あれは一人乗りだし・・・」
クラッシュはブツブツ言いながら倉庫を開けた。
中にはオレンジバロン、CRローダー、サーフボード、ココマリンなど、懐かしいものがたくさん入っている。
「う〜ん、CRグライダーかサーフボードだな――ジャック、どっちがいい?」
ジャッキーはかなり迷った。
元々ハリモグラだから、水に濡れるなんて嫌だった。
それが海水となると、死活問題にもなりかねない。
大体、シカゴまでサーフボードなんて冗談じゃない。
選択肢は一つしかなかった。
「グライダーにするじょー」
「んー、そう。じゃあ、オイラのオレンジバロンの後に付いてきてくれよ」
そのままクラッシュはオレンジバロンに乗り込んで、エンジンをかけた。
プロペラがゆっくりと動き出す。
そして間もなく高速で回転しだした。
もういつでも出発OKだ。
ジャッキーは慌ててグライダーに乗り込みながら聞いた。
「ちょ・・・どうやって操縦すればいいか知らないじょー!」
「大丈夫さ。自然と慣れるって」
「でも・・・」
「よしっ、テイクオフ!」
「ボクちんの話も聞いてくれだじょ・・・」
オレンジバロンがゆっくりと動きだし、後からグライダーもゆっくりと付いてくる。
それからは一気に飛び立った。
オレンジバロンは悠々と、CRグライダーは優雅に風に乗りながら進む。
ジャッキーはふと下を見てみた。
地面は消え、ただっ広い大海原が遥か下で波揺れていた。
「こりゃ、失敗したら一貫の終わりだじょ・・・」
「なぁ、簡単だろう?どうぞ」
無線機からクラッシュの声が聞こえてきた。
明らかにジャッキーは楽しんでいると思っている。
「アハハ・・・まあ、嫌ではないじょー・・・どうぞ」
ジャッキーは苦笑いをしらがら応答した。
「そう、良かった。しっかり付いてこいよ、どうぞ」
「分かってるじょ、どうぞー――なんでこんな目に――あ・・・」
ジャッキーは何かに気が付いたらしい。
「クラッシュ――」
少し慌てた様子で呼び掛けた。
「――何か持ってきてたりするのかじょー?どうぞ・・・」
「え?手ぶらだけど?どうぞ」
「バカ〜〜ッッッ!!!」
ジャッキーの声は、無線機だけでなく実際に聞こえてきたに違いない。
「なんだよ、急に、どうぞ」
「だって、だって、シカゴは北半球だじょー、どうぞ・・・」
「へ?」
クラッシュにはどうものみ込めないようだ。
キョトンとするクラッシュに対して、ジャッキーはかなり慌て気味だ。
そうこうしているうちにも、タスマニアの緑はどんどん後方に遠ざかっていく。
「クラッシュ、シカゴがどこにあるのか分かっているかじょー?どうぞ」
「アメリカだろ、オイラでもそれくらい分かるさ、どうぞ」
クラッシュはちょっとバカにしたように言った。
「そうじゃないじょー! シカゴは北半球にあるじょー! どうぞ!」
「どういうこと?どうぞ」
「季節が逆になっているんだじょー! だから、このままシカゴに行ったら凍えちゃうじぇ! どうぞ!」
「そうなの?どうぞ」
「・・・何も言えないじょ・・・」
ジャッキーはクラッシュのアホさ加減に呆れた。
もっとも、出発前に確認をとらなかったジャッキーもちょっと悪いのかもしれないけど。
一方クランチは、森の中を一人トボトボと歩いていた。
「あ〜あ、なんで飛び出してきちゃったんだろ・・・」
独り言を呟く背中は曲がっている。
あのときは感傷的になりすぎて、自制心が無くなっていた。
ただ、昔の自分に戻ることが無かっただけマシだったかもしれない。
「いや、あれは悪夢だ・・・考えたくない・・・」
コルテックスに遣われていたとき。
『・・・』
・・・。
・・・?
・・・あれ?
(なんで・・・急に自分を感じるように・・・)
周りは水で満たされ――いや、水なのかは分からない。液体なのは確か――そして沢山の訝しげな機械。
なんでこんなところにいるんだ?
何をしているんだ?
どうなってんだ?
どうすれば逃げられる?
っていうか、何で急に考えるようになったんだ?
その問いに即座に答えるように、向こうから光が漏れる。
喋り声と、それからシルエットが見えてくる。
『おい、見るな、エヌ・トロピー! まだデリケートな段階だ、それに入口を見ろ!』
―ワシ以外立入禁止―
エヌ・トロピーは目と鼻の先でドアをピシャリと閉められ、憤りの声を上げる。
(・・・ん?アイツは・・・)
そのシルエットは、真っ直ぐ自分のところに向かってくる。
チンチクリンのくせに、頭は異常にデカい。
ソイツは目の前で止まり、何やら傍らにある機械を動かし始めた。
体と繋がっているチューブから何かが伝わってくるのを感じた。
頭に繋げられたチューブの影響は計り知れなかった。
とにかくムカムカ感が伝わってきて、今まで考えていたことがどうでもよくなってきた。
代わりに、違う思考が頭の中にインプットされていくようだった。
『・・・ッハ――クラッシュ・・・バンディクー・・・』
『フハハハハ、これで――』
――。
――。
「うぅっ! これ以上は思い出したくねぇよ・・・」
クランチは生気の無い声で呟いた。
ちぇ、今日は何もかもツイてないぜ・・・。
そんなことを思いながら、一歩一歩進み続ける。
「今更になって戻るのもかっこ悪ぃしよぉー・・・うーん――」
海の方向から、熱いそよ風が吹いてきた。
色々な匂いが混じっていた、好きなものも、嫌いなものも。
「そうだ――」
クランチは島の中心に向かっていたが、急に戻りだした。
地面の草を踏む音は力強かった。
「ハ・・・ハ・・・クションッ!」
「凍えそうだじょ〜」
北半球に入ってからしばらくして。
さすがに空の上はすぐに冷えてくる。
二人とも、既にガタガタと震えはじめていた。
空は澄みきっていて、地平線の果てまで見えそうだ。
遥か眼下の大海原も自然の雄叫びをあげている。
しかし、そんな光景を気にする前に、ここは寒すぎた。
上空は強い風が絶え間なく吹き、気を付けないと煽られてしまうかもしれない。
「ま、これも飛行の醍醐味のひとつなんだけどね。スリリングだし」
「冗談じゃないじょ〜」
無線の「どうぞ」の合図は面倒になってやめてしまった。
ジャッキーはこんな『地獄』のような世界から解放されたいようだった。
(こんなに辛いんだったら付いてくるんじゃなかったじょー・・・ボクちんのバカッバカッ!)
ジャッキーは、こんな選択をした自分を恨んだ。
これじゃ完全にクラッシュのペースだ。
あのとき、クラッシュを引き止めておけば良かったのに!
後悔してももう遅いのだけど、それでも思いっきり後悔した。
そのまま二機はずっと向こうまで行ってしまった。
「おじさん、おじさん・・・」
外から呼ぶ声が聞こえてくる。
コルテックスは、その声で目を覚ました。
「んー・・・誰だ?こんなとこまで追っかけてきやがって・・・ふぅぁあぁあ〜・・・」
大きなあくびを殺しながら起き上がる。
なんだか頭が重たく、そして痛かった。
いや、重いのはいつものことだけど、いつもより辛かった。
潜水艦の中にいたせいだろうか。
潜水艦の頭はサメのように海の上から頭を出し、波に揺られて静かに佇んでいた。
なんだか、一人になってからやり甲斐みたいなものを失ってしまった感じだ。
「おじさんってば! いるでしょ!?」
「?!?――ニーナ・・・?」
「そうよ、あたい! 開けてくれる?こっちは寒いんだ・・・」
「おお、それは済まなかった・・・」
コルテックスはハッチの二重扉に向かった。
(あれ?なんで二重扉の向こう側の声が聞こえたんだ?まあいいか・・・)
不思議に思いつつ、重く分厚い扉をヨイショと押そうとした。
エヌ・ジンの技術の塊はここでも生きていた。
扉の重量は物凄いハズなのに、少しの力で開くようになっていた!
拍子抜けしたコルテックスは見事にずっこけた。
「ぉわ〜、こりゃ驚いたなあー」
「大丈夫、おじさん・・・?」
ニーナがおじさんを気遣う。
「ああ、大丈夫さ、これくらい――もう慣れとるわい」
「・・・そう・・・」
「ところで、なんでここに?」
「あれ、嬉しくないの?」
「いや、そんなことはないさ。来てくれて嬉しいよ」
確かに、来てくれたのはすごい嬉しい。
一人でずっと塞ぎ込んでいるのは退屈で仕方がなかった。
そんなときに、ニーナが来てくれた。
でも・・・。
「さっ、おじさんの質問にはまだ答えていないぞ、ニーナ」
「別に用事は無いけど?」
「はっ?」
「いや、だからヒマだから来ただけ。用事は無いよ」
「そうか、アハハ・・・」
(何か嘘をついているような――まあいい、姪っ子を疑うのは良くないよな)
博士は疑るのをやめたが、それでも自分の言いつけを守らなかったことはちょっと気に入らなかったようだ。
「あのな・・・ワシはおとなしく待っていろって言っただろう?外は危ないし、お前はまだ小さい・・・」
すっかり気の大きくなった姪っ子とはいえ、一人歩きさせるにはまだ早すぎる。
なのに、最近は自分からあちこち探ったり出ていったり、ちょっと心配だ。
まあ、それだけ悪の心が育ってきている証拠かもしれないな。
「とにかく、何をしに来たのか教えてくれないか、ここには何もないのに」
ニーナは叔父の心の奥を探るように目を細めた。
「あたい、邪魔なの?折角、助けに来たのに・・・」
「あ・・・いや、そんなつもりで言ってはいないが」
コルテックスはアワアワした。
ニーナはさらに突き放すように言った。
「でも、目がそう言ってる」
「ワシはポーカーフェイスの達人なんだぞ」
「そうなの?聞いたこと無いけど・・・だったらさ、わざわざ胡散臭そうな目をしなくて良かったのに・・・」
ニーナはちょっとばかししょげながら言った。
「ハッハッハ、そりゃすまんな。誤解させてしまって」
「んもう、まったく」
二人は潜水艦の機関室に落ち着き、さらに話は続く。
「あたいねー、もう縛られるのはイヤだ」
「なんだ、藪から棒に――でもないか。まあ、確かにお前も大きくなったけどな」
「ねぇ、もういいでしょ、おじさん」
「いや、このことについてはまだ譲れん。大きくなったからって、まだ10だろう?」
「あたい、この前のテストでトップだったんだけど」
「う・・・うむ、別に忘れていた訳じゃ無いが・・・」
「ああ、もう。おじさん、焦れったい」
ニーナはあの手この手で叔父をやり込めようとしたが、上手くいかない。
「あのな、ニーナ――私をそうやって騙せるはずがないだろうが。私がお前を育てたようなものだ。手は大体読めとるわい」
ニーナもまだ引っ込まない。
「そう・・・あたいはおじさんを信じているわ」
「それじゃあ、最後通告だ」
「・・・」
「――研究所に戻るんだ」
一瞬の空白。
「・・・分かったわ、ウン・・・そうね・・・」
ニーナは叔父から顔を背けた。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
もしかしたら、拗ねているのかもしれない。
本当のところはどちらなのか分からないが、そのうつむいた姿はどこか寂しさを感じさせる。
「ニーナ、すまないが今回は本気なんだ」
「あたいも本気よ。あたいはおじさんの・・・」
「だがな、お前はまだ学生だろう?若すぎる。あまり見せたくないものもあるからな・・・」
「はぁ?なんのこと?」
「とにかく、お前は研究所でおとなしくしていてくれ。お前が心配で集中できなくなる」
「あっ、ごめん・・・」
ニーナは少し間を置いてからまた口を開いた。
「分かった。研究所でおとなしくしているわ。おじさんの邪魔は出来ないよ」
ニーナは、叔父に表情を見せないようにしている。
「ああ、すまないな・・・本当は近くにいて欲しいんだが、計画の中身が中身だ・・・」
島の自然の一部を吹き飛ばすところなんて、まだ学生の姪っ子に見せられない、というよりむごすぎて見せたくない。
きっと、その辺の小動物も、植物も、地面も、死に絶えるだろう。
それを知ったら、ニーナはひどく悲しむに決まっている。
(ニーナ、済まない・・・)
さざ波は何事もなく、何事にも無頓着だと言うようにその営みを続ける。
「あー、寒い・・・オイラにはどうも耐えられないな、この空気」
「ど、どうかんだじょ〜・・・」
クラッシュとジャッキーには、ずっと飛行を続けるのが辛いようだった。
まあ、寒い中、しかも高度なのだから仕方がないのかもしれないが。
空気は張りつめ、それを切り裂くように二機が突っ切って行く。
(くそっ、ボクちんはいつまでこんな辛いことをしなくちゃいけないわけ?――って、あれは・・・)
ジャッキーがふと下を見ると。
「流氷・・・?それに、シロクマ?」
微かであるが、確かに海の上に一点、二点と、白いものが浮いている。
幾つかはプカプカと漂う白いものを、引っ掻き回すように――まるで遊んでいるかのように――輝いている。
「あ〜あ、地上に戻りたいじょー・・・でも、今は降りたくないじょ・・・」
ジャッキーはそんなことを思いながら、クラッシュの後を追――おうとしたが。
「クラッシュ、応答してくれだじょー!」
無線機に向かって叫んだ。
雪山で遭難した後に救助隊を見つけたかのようだ。
実際、状況が状況だったから、端から見れば誰の目にもそう見えてしまうと思う。
とにかく、極寒の世界の中叫ぶジャッキーの声は断末魔の声のようにも聞こえた。
『ど、どうしたの?』
なんとか返事が聞こえてくる。
向こうも大分凍えているのだろう。
「問題。北とかけて、シロクマと解く。その心はなんだじょー?」
突然、謎かけを出した。
「なんで今そんなこと聞くのっ!」
クラッシュは半分怒り、半分泣きべそをかいたような声で返事を返してきた。
オレンジバロンはグラグラと横に大きく揺れている。
「下を見るじょー! ほら、ちょうど1キロほど前方――」
「オイラ、なんにも見えないんだけど・・・ただ真っ白、それだけ」
「それが問題だじょー。さすがに、シカゴにこんな雪はないはずだじょー」
「オイラが進路を間違えたって言いたいわけ?」
少しトゲが入ったような、冷たい感じの返事が返ってきた。
そのせいでジャッキーは少し慌てた。
口はうまいはずなのに、相手を怒らせてしまった・・・。
(う〜ん、マズイことを言っちゃったじょ。・・・でも怒っているのを見るのはなんかおかしいじょー・・・プププ・・・)
「ジャック!」
クラッシュが叫んだ。
「え?ボクちんはジャッキ――あ・・・」
「どうしたの?」
「(そういえば、ジャックで通しているんだったじょ・・・)・・・あ・・・いや、なんでもないじょー、クラッシュ。キシシシ・・・」
「ふ〜ん――それより!」
もう一度クラッシュが叫んだ。
バンディクーの叫び声はどうもヒステリックな感じで、キンキンと耳に響く。
「――先に言ってくれたら嬉しかったよ」
「うん、、、」
「そのまま進んでいたらさ、――」
「――二人とも氷漬けだじょー」
ジャッキーが、尻切れトンボになったクラッシュの言葉を引き継いだ。
そして、二人でその氷漬けになった姿を想像してみた。
そのまま飛んでいたら、きっと空中で氷漬けだ。
上空は地上よりも寒い。
マイナス何度まであるのかは知らないけど、マイナスなのは確かだ。
そのまま凍りついたら、今度は多分白いベッドに雪と一緒に落ちるんだと思う。
きっと、北極にすむ生き物は、空からの大きな落とし物にビックリするはずだ。
好奇心旺盛な子は、氷漬けになったクラッシュたちをずっと見つめるのだろう。
「これ、なんだろう?」とか思いながら。
「――で、シロクマなんかが来て・・・」
「そしたら一巻の終わりだじょー。まあ、凍りついているから意識も飛んだまま・・・」
「うん・・・・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・プッ」
「・・・ハハッ」
「キシシシシシシッ・・・それって、おっかしい! じょー」
「うん、オイ・・・オイラも・・・アッハハハハ――」
まるで、何かのスイッチがはいったかのように、止めようのない笑いが込み上げてきた。
何がおかしかったのかは分からないけど、とにかく笑っていたかったのかもしれない。
しばらくの間、冷えきった空気の中で暖かい笑いが響き渡っていた。
「――ふぅ・・・ちょっと笑いすぎたかな」
「ボクちんもだじょー」
ジャッキーは、コルテックスの手下であることさえ忘れているようだ。
「クラッシュを見張る!」という目的が、今では、まるで昔からの友達のように付き合っているように見える。
「クラッシュ、そろそろ戻ったほうがいいじょー。凍えてしまうじょー・・・」
「――だね。それに、燃料も少ないし――」
オレンジバロンとCRグライダーは、進路を180度変え、今度こそシカゴを目指して飛んでいった。