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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆


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Chapter 6 張込開始

今日もタスマニアに最後の光を浴びせている太陽は、真っ赤な炎のように見える。

間もなくその光も地平線の向こうに隠れ、幻想的な夜の世界が姿を現すだろう。

しかし、クラッシュの家をじっと見ている真っ赤なトゲトゲは沈むことが無かった。

ジャッキーは滝の向こうの岩穴から出て来たクラッシュを見つけ、それからずっと尾行していた。

クラッシュは腕いっぱいにリンゴを抱えていて、とても嬉しそうに見える。

鼻歌を歌う陽気なクラッシュをちょっと羨ましいと思いながら、ソロソロと付いていった。



「たっだいま〜♪」

クラッシュは家の丸いドアを叩きながら言った。

両手がリンゴで塞がっているからドアを開けることが出来ないのだ。

ちょっとしてから中からガチャッという音が聞こえ、ココが出迎えてくれた。

「あらっ・・・お兄ちゃん・・・」

ココの顔に太陽のように輝いていた笑顔が少しだけ陰った。

その顔が、「リンゴしか持っていないの?」と言っている。

「別にいいだろう、リンゴだけでも。このリンゴ、アーネストから貰ったんだ。『ワンパの木が育ち過ぎたからお裾分けするよ』って・・・嬉しいなぁ」

クラッシュは目の前のリンゴにしか目がない。

「あっ、あの人か。向こうの海岸で農業をしている・・・『崖の上のエミュー』ね」

「そうそう、その人。アーネストって、2004年の『ワンパの木 品評会』で優勝したんだぞ。オイラがバネバネ虫の駆除を手伝ったんだ」

クラッシュは「エッヘン」と言わんばかりに胸を張る。

「なら、これはおいしいのだろうけど――リンゴが無いって叫ぶことはないだろうけど――私は夜ご飯のおかずの材料を頼んだのよ」

「ア・・・」

「まあいいわ。これでなんとかする――クランチー――」

ココは家の奥にいるクランチを呼んだ。

「今日の夜ご飯、リンゴのオードブルになりそうだけど、それでもいいかなあ?」

家の奥のほうからくぐもった声が返ってきた。

「えぇっ・・・アー、牛乳も無いのか・・・?」

「ええ、無いわ。お兄ちゃんがエミューからリンゴを両手いっぱいにもらってきたんだってぇ」

「しゃーないな。じゃあ、カロリーと塩分が少なめなのを頼むよ」

「あら、クランチは運動するんだから、塩分は取ったほうがいいんじゃないの?」

ココはフフッと笑いながら言った。

「ま、それもそうか。なんなら任せるぜ」

「お兄ちゃん、夜ご飯が出来るまでさ――って・・・あらら・・・」

クラッシュは既にリンゴを頬張っている。

目の前にリンゴが山ほどあるから、我慢できず手を伸ばしてしまったのだ。

リンゴは、もう半分以上無くなっていた。

ココは「あああっ」とすっとんきょうな声を上げたが、クラッシュはけろっとしたまま。

「もうこれは笑うしか無いわ、アハハ・・・」



「はぁ、何だか楽しそうだじょ・・・」

ジャッキーは今の様子をじっと見ていたが、アットホームな雰囲気にクラクラさせられそうになった。

「そういえば、ボクちんの本当の家ってどこにあるんだろう・・・夜に外でじっとしているのは辛いじぇ・・・それより、エミューって誰だじょ?」

ジャッキーはちょっと考えた末、コルテックスに連絡することにした。

分からないことはなるべく少ないほうがいい。

ジャッキーはそう考えたのだ。

暫くして、電話が繋がった。

「もしもし、コルテックスだが」

もう、この返事は定型文のようになっていた。

「もしもし、ジャッキーだじょー――えーっと、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか、だじょー」

「ん?何だ、急にかしこまって」

「別に大したことは無いんだけど、エミューとかいうやつのことが知りたいじょー」

「アー、誰だったかな・・・そうだ、思い出したぞ。結構前に、ワシが光線銃で気絶させたやつだ。アイツがどうかしたのか」

「いや、ちょっと聞きたかっただけですだじょー」

「何か新しい情報はあるか?」

「えーっと、今はみんな家にいてくつろいでいるじょー。特に変わったことは無いじょー」

「そうかそうか、良かった・・・では、引き続き頼むぞ。次の報告を待っている。じゃあな」

コルテックスは急いで電話を切った。

ジャッキーは突然電話を切られたので面食らってしまったが、また見張りに戻った。



ジャッキーからの電話がきてから間もなく、またあのマーチが鳴り出した。

「ああ、もう、今度は誰だ・・・ハッ――」

コルテックスは、液晶画面に表示された名前を見て、体を強ばらせた。

「エヌ・トロピー?なんだ、こんなときに」

コルテックスは通話ボタンを押した。

「もしもし、何か用か」

「そりゃオフコースですよ。用事が無いときにコンタクトなどしない」

「ああ、そうかい。お前が何かしでかしたのか?」

「いや、博士・・・別にミーのことではない。ドクター・エヌ・ジンのことでキャリングしているだけです」

「そ、そうか。アイツがどうかしたのか?」

「実は、彼がミーのラボにやって来たのでね・・・何かあったのですか?ベリーベリーアングリーな様子でしたが?」

この言葉はコルテックスの心に容赦なくグリグリと抉っているようだった。

「・・・お前のところに行っていたのか。アイツは、もうワシのとこには戻って来ないだろうな。手紙ぐらい残してくれれば・・・」

「ん?手紙?そういえば、彼が来たとき白衣の中を探していましたね・・・フム」

「その手紙のことはどうでもいい。早く用件を言ってくれ、こっちは忙しいんだ」

エヌ・トロピー相手だと、ピリピリとした声になってしまう。

緊迫したムードが広がって、どうも居心地が悪い。

「とにかくミーが言いたいこと・・・アー・・・反せ――」

「なんでワシが反省せねばらんのか!原因を作ったのはエヌ・ジンのほうだ!」

「おぅ〜・・・これはこれは。互いに責任をなすりあっている。ベリーベリーバッドね――ところでバイザウェイ・・・」

エヌ・トロピーの英語混じりの喋り方はたまに混乱させてしまう。

コルテックスはもう慣れていたが・・・

「――ミーも博士のミッションが成功するとは思えないですな」

あまりに率直すぎる意見に、そして新たな反逆者の登場に、コルテックスは怒りを通り越してショックを受けた。

「・・・それで、お前はパーティーに来なかったんだな」

「わざわざアテンドすることは無いと思いましてね。ミーは・・・いや、ミーも今忙しいので・・・」

「・・・『も』?」

「とにかく、おべっか使いのミスター・ジャッキーよりベターなパーソンがいるとだけ言っておこう」

「――そうか。ご忠告をどうも、だ。言っておくが、ワシからは謝らんからな。勝手に飛び出したのはアイツだ。じゃあな」

・・・。

コルテックスは、一人孤独になったような気がした。

(ワシはそれほどまでに万人の鼻つまみ者だったか?まあ、学生時代、少年時代から友達が少なかったのは事実だが・・・)

ブリオには裏切られ、エヌ・トロピーとは「そり」が会わず、ウカウカには敷いたげられ、レースクイーンには嫌がられ、クランチはクラッシュ側に付き、ビクターとモーリッツには遊ばれて・・・

「・・・そして、エヌ・ジン・・・惜しいことをしてしまったな」

タイニーやディンゴ、それにスウィーティーやジャッキーはどう思っているのか。

きっと、嫌なヤツと思っているに違い無い――コルテックスはそう思っていた。

「ワシはサイテーなヤツだったのかもしれん・・・はぁ、ニーナ、おじさんはもう疲れちゃったよ」

ニーナがその場にいないのに、コルテックスは独り言を呟いた。

心の助けはニーナの存在だった。

コルテックスは白衣から姪っ子の写真を取り出し、じっと眺めた。

「――よし・・・」

携帯電話を取り出し、ニーナの番号に電話をかけた。

少しの待ち時間が、とても長く感じた。

やがて受話器の向こうから、ニーナの声が聞こえてきた。

「もしもし、おじさん?」

「もしもし、元気か?」

「そりゃ勿論、元気に決まってるじゃない。おじさんは?」

「え?あ・・・いや、元気だが」

「全然元気そうじゃなさそうなんだけど――ハハーン、おじさん、何かあったわね」

「――ああ・・・」

「ねえ、あたいに話してみてよ」

「っえ?」

「話してみて。ねっ?」

「・・・・・・聞いてくれるのか?ありがとう・・・」

いつも以上に親身なニーナに、コルテックスは今の悩みを打ち明けた。



「ムニャ・・・もう十分だじょ・・・」

もう月は高くまで昇り、黒いビロードのような空は満点の星で埋まり、本物のプラネタリウムになっている。

森は異常なまでに静かで、海岸で動くものといったらゆっくりと上下に揺れる波だけだ。

そんな中明るく賑やかだった丸く赤い屋根の家も今は静かで、周囲の様子に溶け込んでいた。

そんな夢の世界の中、ジャッキーは寝言を言いながらスヤスヤ眠っていた。

しかし、それから1時間ほど経って――。

「もう食べられないじぇ・・・ファ、ファ・・・ファックション!・・・う〜ん・・・寒いじょ〜・・・」

目を開けたが、目の前は昼間以上に明るく、ビックリしてしまった。

起きると、辺りはピカールの群れで輝いていた。

その中の一羽がジャッキーの鼻に止まって、彼を起こしてしまったらしい。

夜行性のピカールは元気に飛び回り、ジャッキーが動いても逃げることは無かった。

「寝ちゃったじょ・・・そういえば、アイツらはどうしてるのかな・・・」

ジャッキーは寝ぼけ眼のまま、灯かりの点いていないクラッシュの家の中を覗き込んだ。

が、カーテンのせいで良く見えない・・・。

「――ということは、もうみんな寝ているってことかじょえ?」

さすがにコルテックスに連絡するには遅すぎる時間になっている。

ジャッキーは携帯電話を背中のトゲの中にしまった。

上半身は何も着ていないし、ズボンにはポケットが付いていなかった。

何もすることが無く、ヒマになってしまったジャッキーは、何となく空を見上げた。

別に見たくて見た訳じゃないけど、何故か見上げたくなってしまったのだ。

「おわぁ・・・凄いじょー・・・」

今まで気付かなかった景色がそこにはあった。

ずっと建物の中にいると気付かないものだ。

いくら洗脳されても、いわゆる『感性』は変わらない。



ところで――

クラッシュ達は、寝ていた訳ではなかった。

カーテンの向こうでは、クラッシュとクランチがヒソヒソ声で話していた。

クラッシュは、手に虫かごに入ったピカールを持っている。

寝る前に一匹捕まえたのだ(因みに、寝ているジャッキーには気付かなかった)。

「ほら、ここをこーして・・・」

「もっとしっかり巻いたほうがいいぜ。光が漏れたら、ココが起きるだろ・・・」

二人は虫かごの周りを黒い紙で覆い、上にしか光が漏れないようにしていた。

手作りの懐中電灯のようだ。

丸い光が天井に映る。

「よし、出来たぞ・・・」

「・・・本当にやるのか?後が恐くなりそうだけど・・・」

「大丈夫だって!お兄ちゃんであるオイラが言うんだから・・・怒るのはその場だけさ。・・・でもちょっと怖いなぁ。どうしよ・・・」

「自分でやるって言ったんだろう?リスクが低いなら大丈夫だろ?」

「・・・だよな、大丈夫だよね」

そして二人はココの部屋のドアに向かった。

ドアを音も無く開け、そっと中に忍び込んだ。

ココはスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。

「それじゃ、いくぞ・・・」

クランチがとても迫力のある暗い声で「起きろ〜」と言って、クラッシュは顔の下から光を当てる。

当然、ココは目を覚まし、そしてクラッシュを見て・・・

「きゃゃゃゃゃあああああぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

とんでもないほどの悲鳴が外まで聞こえたのは言うまでもなかった。

クラッシュとクランチはドッキリ大成功を喜びあったが・・・

「・・・お兄ちゃん達だったのね・・・」

「ヒィッ」

「よくも私を夢の世界から引き戻してくれたわね・・・」

「あのー、怒ってる・・・?」

「怒ってなんかいないわよ、フフフ・・・」

今度はクラッシュの悲鳴が、ココよりも大きく響いた。



「――おじさん、そんなことで悩んでいたの?」

ニーナの微妙に軽蔑した感じの声が、受話器を通してコルテックスの耳と頭に入ってきた。

「あ、ああ・・・今までの自分を見返してみたらな、そんな気がしてきたんだ・・・」

ショボンとした声はそのままニーナに届いたことだろう。

ニーナは今まで以上にハッキリと言ってきた。

「そんなことで悩んじゃだめだよ」

「えっ?」

「そう思っていたら、悩んでないで部下に優しくしてみたら?何にも始まらないよ」

少しの間、シーンとなってお互いに考えていたようだ。

「なるほど。確かに理にかなっているな。ワシから何かやらないと、何も変わらないな」

「そうよ。あたい、おじさんのことを尊敬している。自信の無いおじさんなんてイヤだもん」

この言葉は完全にコルテックスを感謝の気持ちにさせた。

「ニーナ・・・ありがとう。その言葉、とっても、とっても嬉しいよ」

「ほら、頑張って。きっとまだ大丈夫だから」

「分かった。励みになった。おじさん、頑張るからな――ところで・・・」

「何?」

「何で、受話器から波の音が聞こえてくるんだ?研究所にいるかと思ったが・・・今、何処にいるんだ?」

コルテックスの受話器からは、明らかに波のザザーンという音が聞こえてくる。

「ちょっと表の海岸に出ただけよ。気にしないで」

「・・・島から出るんじゃないぞ。危ないからな」

「うん・・・分かってるよ・・・じゃあ、頑張って。おじさん」

「あっ、ちょっと待て、ニ――切れた・・・」



外でボーッと空を眺めていたジャッキーにも、二つの悲鳴は聞こえてきた。

ボーッとしていたジャッキーは、そのせいでビクッとしてしまった。

「な・・・何だじょ?アイツらはまだ寝ていなかったのか?何をしているのか知りたいけどなぁ・・・カーテンのせいで見えないじょー・・・」

ジャッキーは今一度窓を覗いたが、やはりカーテンはそのままになっていた。

ジャッキーは覗くために踏み台にしていたタルからピョンと降りて、「チェッ」と言いながら地面を蹴った。

イライラしてきたので少しトゲが逆立っていたが、それでもまだ冷静にいることは出来た。

(とりあえず、コルテックスさまに報告するじょー。夜だけど、この際仕方が無いじょー。・・・もしこっそり作戦を立てていたら大変だし・・・)

背中のトゲの中から携帯電話を取り出した。

全然使っていないのに、もう電池の残量は殆ど無く、少し不安だ。

「大変だじょ、早く充電したいけど、エヌ・ジンさまと連絡が取れないじょー・・・とりあえず、今は報告だけ・・・」

そしてコルテックスの番号に電話をかけた。

意外にも、コルテックスはすぐに反応してくれた。

「もしもし、何かあったのか、ジャッキー?」

しかも、冷静ではっきりしていて、何処と無く安心したような声だ。

明らかに、さっきと比べて声質が柔らかい。

「あの・・・アイツらがずっと起きてるんだじょー」

「そうかそうか・・・良く分かったな。どんな様子だったか分かるか?」

「え〜っと・・・カーテンがかかっていて分からなかったじょ・・・でも、クラッシュとココの悲鳴を聞いたじょー」

「悲鳴をか?――多分、大したことでは無いと思うぞ。せいぜい、ドッキリパーティーを開いたとか、その程度だろう」

コルテックスは自分を落ち着かせるように言った。

そして再び話し出す。

「少しは情報が掴めた。よくやった。少しでも情報の多いほうがいいからな。次の報告にも期待しているぞ、頑張ってくれ」

「あの、今やるのはダメなのかじょ?」

「だったらとっくにワシが始末してるわい。それでは気が済まない。そうさ――」

「?」

「――恐怖を見せしめ、そしてやっつける。そうでもしないと気が済まない」

「でも、やるなら早いほうがいいじょー。いつやるじょ?」

「う〜ん・・・アイツらが海岸に遊びに来たとき・・・だな。まさに、とっておきのサプライズよ、それじゃあ、次の連絡を待っているからな」

コルテックスは電話を切り、ジャッキーも同じく切った。

まだジャッキーの周りにはピカールが沢山いて、明るい。

寝ようにも寝れなさそうだ。

結局、目が冴えてしまったジャッキーはまた空をボーッと見ることにした。

時間はあまりにもゆっくり流れて、まるで止まったかのようだ。