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クラッシュ・バンディクー 乱れあう絆
◆
Chapter 5 喧嘩
「おお、見えてきたぞ!タスマニアだ!」
出航してから二日目の朝。
エヌ・ジンの造った潜水艦は見た目以上に高性能で、あっという間にタスマニアに着いてしまった。
三人は航海中、「僕らは黄色い潜水艦に乗っている」なんて歌ったり、
コルテックスは船内研究室でエヌ・ジンと秘密の実験、ジャッキーは転がりの練習をした。
転がりは、いざというときのために完璧にしておけと言われていたのだ。
『いざというとき』とは、クラッシュ達に見つかることを言うらしい。
目指す地を前に、三人の意気は高揚していた。
それからは短いようでとても長かった。
島が見えているのに、なかなか島までたどり着かない。
なんてったって、まだ何ノットもあるのだ。
手を目と島の間にかざせば、島は手の影に隠れる。
まだ、それくらい遠かった。
目の前にプレゼントがあるのに、それを貰えない気分だった。
「エヌ・ジン、もうちょっと飛ばせないのか?なんていうか、こう――」
コルテックスは、手を横にサーッと動かした。
「――ビューンと行けないのか?」
「そうですな、不可能ではない」
「じゃあ、早く早く。飛ばしてくれよ」
「しかし、アー――まあいいか――じゃあ、行きますよ・・・」
エヌ・ジンは、服から大きなコントローラーを取り出した。
その大きさときたら、今まで服の中に入っていたなんて考えられない程だった。
「おい、お前の白衣には四次元ポケットでも付いているのか?」
コルテックスが訝しそうに尋ねる。
「まあ、拙者の科学力の総決算みたいなものですな」
「ふーん・・・エヌ・ジン、お前、もしかしてワシより――」
その時、潜水艦のスピードが急に上がり、話すどころでは無くなってしまった。
あまりのスピードで、コルテックスは壁に掴まらなくてはいけなかったし、ジャッキーはマトモに転んでしまった。
しかし――
「グェッヘッへ・・・飛ばすゼィ!!」
エヌ・ジンの性格は急に変化した。
「酌変」という言葉を使うには相応し過ぎるぐらいだ。
今までの落ち着いた印象はどこにも見当たらなかった。
(コイツ、カートに乗っている時もこんな感じなのか?・・・うーん、分からん)
それからは、本当にあっという間だった。
速過ぎて他のことを考える余裕が無かったからかもしれないけど、それにしてもとにかく着くのは早かった。
もう、あの海岸は肉眼でも確認出来た。
穏やかに岸に打ち寄せる波、ハサミをチョキチョキさせているカニやら、ヤドカリやら・・・
ビーチボールに、二組のビーチチェアとパラソル、それと、何故か破れたサッカーボール。
間違いなく、目的地に着いたのだ。
音も無く潜水艦は浮上し、間もなく着岸した。
「さあ、着いたぞ・・・ジャッキー、ここからはお前の活躍に期待している。やることは分かっているな――くれぐれも見つからないように」
「はい・・・じゃあ、行ってくるじょ・・・」
ジャッキーは一人上陸し、そして森の中に消えていった。
コルテックスとエヌ・ジンは、合図があるまで潜水艦に居ることにしている。
エヌ・ジンは潜水艦を少し沖のほうまで移動させ、一息ついた。
タスマニアは自然が笑っていたが、潜水艦の中は冷たく質素な空気に包まれていた。
そして、その冷たい空気がこの島を脅かそうとしている・・・
潜水艦の中で、二人は暫くの間無言でいたが、エヌ・ジンが突然聞いてきた。
「ああ、そうだ――コルテックス殿・・・」
「ん?どうしたんだ?」
「実は、その・・・ジャッキー一人に任せても問題は無いのだろうか」
エヌ・ジンはジャッキーのことが信用出来ないのだろうか、ボソリと呟く。
「大丈夫だ、アイツは信用出来る。洗脳も十二分にやったし、裏切ることも無い・・・はずだと思う」
確かに、ジャッキーのコルテックス一味に対する忠誠心はとても高く、それは一、二を争うほどかもしれない。
コルテックスが信頼しているタイニーやディンゴに対しても恭しいから、コルテックスは印象の良いヤツだと思っていた。
なのでコルテックスは信用しているようだが、エヌ・ジンはそれでもまだ疑いの念を拭いきれない。
彼はすかさずに反論した。
「しかし、完全に信用は出来ませぬぞ。性格を見ると・・・」
いつもなら歯向かってこないエヌ・ジンがこんな態度になっものだから、コルテックスもついアツくなってしまう。
「いや、大丈夫だ!心配なら・・・心配なら、すぐに呼び寄せて帰ればいいだろう!」
急にコルテックスが切れた。
顔を烈火のごとく真っ赤にして、しかし怒っているというよりはイライラしているように見える。
「この計画を先に思いついたのはお前だぞ、エヌ・ジン!それを今になって――」
「されど、念には念を入れるべきだと思って申したまで――」
「もう決めたことだろう、あまりコロコロと計画を変えるのは科学者として如何なものだろうか、え?」
「・・・」
「・・・」
両者の間に緊張の走る無言の時間。
互いに目から火花を散らせ、バチバチとぶつかり合う。
それは均等の力で、決着が付くことはなかった。
そして・・・
「もういい!拙者は帰らせてもらう!後は自分でやってくだされ!!」
エヌ・ジンの堪忍袋も切れてしまった。
相当な険悪ムードが潜水艦の中に漂っていた。
エヌ・ジンは新型ミサイルの操作マニュアルをバシンと床に投げ捨て、外に出て行ってしまった。
そして間もなく、潜水艦のすぐ外でカンコンカンコンと何かを作るような音が聞こえてきて、
それからすぐに外でロケットパックの噴射音が聞こえた。
コルテックスはそれから暫く待っていたが、もう戻ってくる気配は無かった。
「エヌ・ジン・・・フン、あんな奴なんか知るか!ジェットの燃料が海の上で切れて落ちてしまえばいいんだ・・・」
その時、また『コルテックスの世界征服マーチ』の着メロが無神経に鳴り出した。
コルテックスは少しの間躊躇していたが、決意を決めて通話ボタンを押した。
「もしもし、コルテックスだが!」
コルテックスはきつい言葉で言ってしまったが、思っていた相手とは違っていた。
「な・・・なんだじょ!急に」
コルテックスに電話をかけたのはジャッキーだった。
「どうしたんだじょ?そんなにプリプリして――」
「な・・・何でもないさ、気にするな」
とりあえずの、取って付けたような平静さを装った。
「それよりも、お前のほうはどうだ?うまく隠れているのか?」
「キシシシシ、そこは心配しなくても大丈夫だじょー」
「そうか、大丈夫か。良かった――では、次の報告を待っている。その時にな」
「あっ、ボクちん、エヌ・ジンさまに用があるじょー。出来れば代わってもら――」
コルテックスは、強制的に電話を切った。
「・・・」
さっきまで募りに募っていたイライラがまた点火してきた。
ここにきて水をさされるなんて、思ってもみなかった。
もうアイツのことは考えたくない、戻ってくることも無いかもしれない。
多分。
「・・・とりあえず、このマニュアルを読まんとな・・・」
コルテックスはトドメをさすためのミサイルを使いこなそうとマニュアルを手に取り、読み始めた。
しかし、その新型ミサイルのマニュアルは、エヌ・ジンのことを嫌でも思い出させていた。
マニュアルは、エヌ・ジンの喋り方そのままの言葉と、彼の筆跡だと分かる字で大半を占めていた。
ゴゴゴゴゴ・・・・・・。
辺りに激しい音が鳴り響く。
エヌ・ジンは、空に二本の白い筋を残しながら飛んでいた。
スピードを出して飛ばすことで、さっきのいざこざを忘れようとしていた。
「さて、何処に行けばいいのやら・・・」
エヌ・ジンは一人途方に暮れる。
「ジャッキーに渡すつもりだった充電器・・・今ごろ向こうは焦っているのかも知れんな・・・
いや、もう拙者には関係の無いことなのだ!」
エヌ・ジンは暫くその場に留まって何かをしていた。
誰かと連絡を取っているのだろうか。
そして行き先が決まったのだろうか、彼は急に進路を変え、猛スピードでその場を去った。
その時、エヌ・ジンは落とし物をしたのだが、本人は気付かなかった。
それは生き物のように波打つ海の上に落ちた。
『もう決めた。拙者は――する、すまないとは思うが、宜しく』
肝心な部分は既に滲んでしまい、何と書いてあるかは分からなかった。
宛先の部分も、ファーストネームのNの字はかろうじて読めたが、あとはやはり黒く滲んでしまっている。
詳しい内容は分からなかったが、何かを決めたのは確かだ。